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このコーナーは、弊社サイトを立ち上げるにあたり、当時のウエブデザイナーから、社長の日記のページを作りましょうということで始まったものである。早いもので、あれから10年、周りからは趣味でやってるんだろうと言われたこのビジネスも、何とか業界にも認めてもらえるようになり、私の愚筆コラムも、30を越える数になってしまった。当初は、ギターや音楽に関連ある、為になる物と考えてはいたのだが、時折入る、夜のお遊びネタや、身内暴露ネタに、おしかりを受けた事もしばしば..。また、たまに真面目なテーマに取り組んだりすると、大阪のお客さんから電話が入り、”ちょっと硬いんやないですかぁ〜今回は..キャバクラの話してくださいよ!”とかリクエストがあったりする。今、改めて読み返してみると、よくもまあ、バカなことを書いたものだと反省したりもする。でも、多少誇張はしているが、全部本当のこと。 10年という節目、そして最近うちのマネージャーChang Haba が始めたブログとやらもあることだし、 ここで一旦、筆を置き、まとまりのないコラムをソートして整理してみた。興味のある方は、再読いただけたら幸いである。今後は、マネージャーが、ギターにまつわる、ためになる話をブログに記してくれることと思う。私からも、愛読をお願いする次第である。 元々、作文というのは得意ではない。見直してはみたものの、文法や言い回しの誤り、誤字、脱字等多少あった場合は一笑に付していただきたい。 蛇足ではあるが、以下お薦めコラムである。 KTS のコンセプトについて知りたい方には...■Vol.001 メタルやるなら METAL にこだわれ!! まじめに、金属と音の関係について知りたい方には...■Vol.023 鐘の真鍮 ■Vol.010 港・ヨコハマ・ふれっとわいやー アジアンテイスト豊かな夜の世界を垣間見たい方には...■Vol.029 クラーキー・ボーキー ギター弾くのが大好きな方には...■Vol.022 五十路のブルースギター ■Vol.030 My Guitar, Please Gently Weep 年頃のお子さんをお持ちの方には...■Vol.011 最近エレキ少年事情 ■Vol.036 アップルインマイアイズ Apple in my eyes レトロな世界にひたりたい方には...■Vol.018 タイムマシンにお願い...だ。 ■Vol.013 勝ち抜きエレキ合戦!! そして、私と同じ中小企業経営者の方には...■Vol.026 Terms of Payment ご意見、ご感想等いただけれは、嬉しい限りである。 2008/05/13 | ||||||
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| ■Vol.001 メタルやるなら METAL にこだわれ!! | ||||||
私が、初めて HEAVY METALという言葉を聞いたのは、いつのことだったろうか... BEATLES や R.STONES は、"ROCK" であったし、CREAM や DOORS は、"ART ROCK"で、TEN YEARS AFTERは、"NEW ROCK"、ZEPやPURPLEは、"HARD ROCK"だったよね。そうそう、BLACK SABBATH は、 "HEAVY ROCK" だったっけ...。私の記憶では、どーも BLUE OYSTER CULTという、マニアックなバンドが出したLPのライナーノーツに、"HEAVY METAL"なる言葉を目にしたのが最初ではなかったかと思う。 私の地元に、新星堂という、有名な CDショップがある。ここではふつうの ROCKと、HEAVY METAL ROCKが、はっきりとジャンル分けされている。もちろん、その中に、 BLUE OYSTER CULTのCDは.....、無い。 というように、現在、”へびめた”の地位は、立派に確立されているのであるが、私は ROCK の歴史について、ここでウンチクを並べる気は毛頭無く、ただ単に、”へびめた”と金属を結びつけたいのだ。 ROCK とは、切っても切れない楽器に、エレクトリックギターがある。それは、歴代の名ギタリストと共に、数々の伝説を生み出し、基本的な構造を変えることなく成長してきたのだが、その音づくりの難しさ、奥の深さは、ギター製作にかかわった者ならば誰もが知っている事実である。 ご存じのようにエレクトリックギターは電気的に音を出す楽器ではあるのだが、それを構成する素材により、微妙に音質の変化をもたらす。特に木材の選定は、ギタービルダー達にとって、大変重要な仕事だ。これに対し、金属パーツは、その構造について数々の試行錯誤が加えられ、新しいパーツが搭載されてはきたが、その金属素材について、木材ほど、重要視されてきたかについては疑問である。 私は金属加工屋である。かたい商売だ。でも頭はやわらかい。そして音楽を愛し、エレクトリックギターを愛している。であるから、つい今まで日の目を見ることの無かった、新しい金属を、エレクトリックギターという華やかな舞台に登場させてみたくなってしまうのだ。それも、音質に直接影響をあたえるであろう、重要なポジションに...。 そこで、提案。世のギタリスト諸君、金属素材にこだわって欲しい。特にヘビメタギタリスト。エフェクターとアンプがいいから、関係ねーよなんて言わないで。歪ませてドライブをかけたサウンドこそ、クリアな原音が必要なんだから。 そう、メタルやるなら METALにこだわれ! もちろん、メタルじゃなくても、 METALにこだわれ!.....である。 1999/10/25 |
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| ■Vol.002 SWISS MADE は CHINA MADE | ||||||
| ERIC CLAPTON 武道館公演の余韻が、さめやらぬ
11月23日、私は中華人民共和国の大地に立っていた。香港の中心から、KCR (広州鉄道)で、約一時間、国境の橋を渡り税関を抜けると、そこは CHINA。匂いが違う。もちろん、ギターパーツの売り込みに来たのではない。CHINESE
LADY と...違うって! 実は、私の会社は、腕時計メーカーに、材料を加工して供給するのが、本業なのだ。 そう、世界中の、殆どの腕時計は、このだだっ広い国で製造される。ラドーだって、 オメガだって、ロンジンだって、グッチだって、あのローレックスだって、バンドの部分は、 中国製。知らなかったでしょー。そうそう、クラブトン愛用の、G-SHOCK あれも中国製。 オールチタン製の G-SHOCK、"MR-G"も、我々がある程度の形状まで、日本で加工し、 大陸に材料を送り込み、時計に組み立てられるのだ。今回は3ヶ月ぶりに会う、 李さんの中国工場訪問が目的である。 ご存じのように、電化製品や衣料品をはじめ、昔は日本で造られていた商品が、 いまでは殆どが、韓国、台湾、中国、東南アジアの各諸国で造られている。エレクトリックギターとて例外ではなく、店頭で、イチキュッパ、ニキュッパで並んでいるものは、間違いなく韓国製か 中国製。フレット等金属パーツは、日本製のものを使っているが、それも打ち込み加工がしやすいように、 特別に柔らかく仕上げた、こんにゃくフレット。サスティーンなんてありゃしない。 うちのチタンサドルで、カバーしてもらいたいものだ。また現在では、あの YAMAHAでさえも生産拠点を、 台湾に移している。私はギター職人ではないが、あの湿気の多い国で、いいギターができるのかと、心配してしまう。 話が大好きなギターの方にいってしまったが、とにかく中国に限らず、日本以外のアジア各国での物づくり ということに対して、私はあまりいいイメージを持っていなかった。ところが、笑顔で迎えてくれた李さんに 案内された工場は、そういうマイナスのイメージというものを、十分に払拭してくれた。整然と並んだ機械を 操作するのは、まだ幼さの残る顔立ちをした、少姐(シャオチェ = 娘さん)たち。しげしげみてると睨まれた。 最新鋭 CNC 工作マシンへのプログラミングも、もちろん彼女たちが行う。そして、明るい工場内は空調が施され、 通路には、油しみ一つ見あたらない。私は多くの日本の有名な工場を見学させてもらったが、これほど整然とされている工場は少なかったと思う。 李さんは、社長である以上に技術屋である。もうけた金は、全て設備投資に回す。設備をけちって、 少姐のしりを追っかける、どこかの社長とは、訳が違う。(俺のことか...?) 中国には、このように素晴らしい工場がたくさんある。誇らしげに、"SWISS MADE" とか "GENEVE" とか刻印された、ヨーロッパ有名ブランドウォッチ、そして我が日本が誇る、松たか子の SEIKO LUKIA, 江角マキ子の CITIZEN Xc は立派な、"CHINA MADE"なのである。 SWISS MADEの高級時計をお持ちの紳士、淑女たち。何も MADE IN CHINAだと知って、嘆く事なかれ。 それは、世界最高の機械・設備をもつ、素晴らしい環境のなかで、作られているのだから...。 "SWISS MADEはCHINA MADE".....でした。 最後に一言 国境中国側の免税店で、Aランクバチ物ローレックスが堂々と売られていた。さすがは、中国四千年の大嘘つきである。 |
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| ■Vol.003 WSR CUSTOM ULTIMATE"J"試奏レポート | ||||||
| さる10月の楽器フェア99 においてデビューを飾った、WSR COSTOM ULTIMATE"J"。 スキンヘッドでおなじみ、池部楽器店 WSR 総裁、額田 誠氏の自信作である。 この度、秋葉原リボレ店、B2ギターフロアに展示されている、チタンサドル搭載モデル、ULTIMATE"J" VINTAGEを試奏する機会に恵まれた。 | ||||||
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| まず塗装。ボディーに関しては、国産ギターの多くが採用しているポリエステルはどうしても、厚くなりがちなため、柔らかく薄く塗れるポリウレタンを採用。塗装でそんなに違うのかい?というのが、金属屋である私の素直な感想であったが、「タイコのヘッドだって厚いと鳴らないでしょ。」と額田氏。納得。 このギターには、かなり大きめのピックガードが装着されている。通常、ピックガードは、ピックアップ、エスカッションと、ボディーの間にサンドイッチされる形で取り付けられることが多いのであるが、ボディーの鳴りを重視するため、エスカッションがフィットする形にカットされ、最小限のビスで止められている。また、ザグリは、中になるべく空洞を作らないよう、かなりタイトに行われ、ネックジョイント部分の、すりあわせについても、かなり神経を使ったそうである。ギターづくりにおいて、当たり前といえば、それまでなのではあるが、このようなことが、一般の大量生産モデルについて、おろそかにされているのは、否めないところではないだろうか? フェンダージャガーのシェイプを持つ、そのギターは、意外とズッシリとした重量感を持っていた。クリーントーンでコードを弾いたときの、各音の分離感が素晴らしい。そして何より、アタックのレスポンスが圧倒的である。カッティング時のシャリッとした感じが心地よい。額田氏はピックアップとして、ダンカン・セス・ラバーを、採用している。ハンバッカーを使うとどうしても、輪郭がぼやける傾向があるのであるが、前述のコンセプトを実現し、ピークをハイにもっていくための、選択であろう。そして、チタンサドルは、そのクォリティーを十分に引き出していてくれていた。 次にアンプのみで、音を歪ませて弾いてみた。(ちなみにアンプはブギーを使用。)普通ドライブをかけてコードをならすと、その構成音の一つ一つが、つぶれてしまい、和音が鳴っているというより、何の音だか分からないが、とにかく音が束になって、ドカーンと出ているという感じなのである。ところが、このギターは一音一音が、はっきりと聞こえてくる。同タイプのギターを持ってきて、ディストーションサウンドを比較してみると、その違いは、明確に感じられた。 試奏を終えて、額田氏は、完成して音を出すまでは、不安だったが、自分のコンセプトどおりの音づくりができたと満足げであった。(実際、彼はじっくりと自分の作品の音を聴くことが出来たのは今回初めて) 音の好みは、十人十色、千差万別。あなたが、古き良き時代のフェンダーの音を、このギターに期待するのであれば、それは間違いなく裏切られる。額田氏曰く、VINTAGE というネーミングにしろ、それは、このギターが、ヴィンテージな枯れた音を目指すものではなく、ボディ材として ヴィンテージ・フェンダーに使用されていたALDER を採用しているからだという。すなわち、ヴィンテージな素材とルックスから、更に進化させたヴィンテージサウンドを生み出したということだろうか。 2000/01/17 |
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| ■Vol.004 我が心のアメリカ〜 CONTINUE L.A. REPORT | ||||||
| 戦後間もない頃から、私の地元には米軍キャンプがあった。 我々は、彼らのことを、進駐軍とか駐留軍などと呼んでいた。やたら背のでかい、青い目をした兵隊さんが、ガムを噛んで、こっちを見ながら笑っている。そして、たまにチョコをくれたりする。それには、MEIJIだのMORINAGAとかとは違ったアルファベットが並んでいた。フェンスの向こうにアメリカがあり、我々は入ることが出来ない。治外法権である。盛り場には、横文字の店がたちならび、夜になれば、PANPAN
GIRLが、米兵求めてさまよい出す。少年時代はベトナム戦争まっただ中、 空からは毎日ヘリコプターの轟音。戦地から負傷兵や戦死者を運んでくる。 米軍キャンプの周りは風紀は悪かったが、良質な洋楽環境が形成されていた。 バンドやってる奴らは競ってストーンズやジミヘンやジェファーソンエアプレーンをコピーしていたし、ファッションが何となくジャニスジョプリンの女の子がいたり、ヘアスタイルがブライアンジョーンズのお兄さんもいた。今と違って邦楽聴いてる奴は、ばかにされ、みんながFENからながれる音楽に聴き入っていた。 そんな米軍キャンプの西側ゲートの近くに、小さな楽器屋があった。学校帰りに中を覗くと、日本人の店主が、いつも黒人兵相手に英語で能書きをこいていて、そこには、あこがれのエレキギターやアンプ、ドラムセットが置かれている。残念ながFender(R)とかMarshall(R)とかLudwig(R)ではなくて、Guyatone(R)やTeisco(R)やGracy(R)だったけれど我々にはそれで十分だった。 ある日、我々の不良バンドは、そこの店主に頼みこみにいった。「おじさん、そこの2万8千円のグレイシー、月賦で売ってくんないか?」丸井の楽器売場とか池袋のヤマハで、「僕たち、分割払いには、お父さんとかお母さんの保証人がいるんだよ。」と、冷たくあしらわれた後の最後の望みである。保証人は要らなかった。紙切れに学校名と名前を書いて、月末に5千円ずつ支払うという約束だけでOKだった。かくて我々は地元の中学生で初めて、ドラムセットを手に入れることができたのだ。 上手いと思ってた。たくさんあった地元のバンドの中じゃあ一番だと思っていた。 ストーンズのジャンピンジャックフラッシュだって、発売当日にコピーしちゃったし、グランドファンクのフレーズなんか先輩に教えてやった。リヤカーで機材を搬入した教室でのライブは、大盛況。入れなかった奴ら(入る気もなかった奴?)が校庭から窓越しにのぞき込んでる。そしてその校庭の向こうには、いつもフェンスに囲まれたアメリカがあった...。 昔プロを夢見た仲間達も、遅かれ早かれ、はかなき夢を実感する。 夢を捨てたやつは、まともな職につき、家庭を持ち、子供も大きくなり、運良くリストラにあわずにすんだ時、昔夢見たGIBSON(R)を手に入れる。楽器としてでなく家宝として..。夢を捨てられなかったやつもたくさんいる。少ない収入とひきかえに、ギタリストという職業を手に入れたやつ。業界に行ったやつ。レコード屋(CDショップか?)の店長になったやつ...。 私はふたたび夢を見ている。アメリカで認められる夢を...。今、私は成田発NH006便にいる。私に音楽を教えてくれたアメリカを目指し... 〜 CONTINUE L.A. REPORT |
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| ■Vol.005〜007 WHAT IS TITANIUM? | ||||||
| チタンとは、Tiなる元素記号を持つ、銀白色で軽く強く錆びにくい金属である。比重は鉄の約60%、強さは鋼と同程度、耐食性はステンレスよりも優れ、
特に海水に対するそれは、プラチナに匹敵するほどである。チタンをベースにバナジウム、アルミニウム等を添加するとチタン合金と呼ばれる大変硬い金属となる。
みなさんよくご存じのゴルフクラブのヘッドに使用されているのがこれである。 その強さ、軽さは、航空機や宇宙開発の用途に対しては、かくことのできない構造用素材であり、優れた耐食性は、過酷な環境で操業される、各種の化学工業用装置に利用されている。
このようなことから、チタン=硬いというイメージを持つ人が多いが、高純度のチタンは比較的柔らかく硬さとしてはステンレスの値に近い。CUSTOM TITANIUM
GUITAR PARTSは、この純チタンという材質で製造される。 金属の硬さを表す単位として、 Hv(ハードネス・ビッカス)というものがある。 ダイヤモンドでできた、四角錐の圧子を、ある一定の力で金属表面へ押しつけ、その跡の大きさを計測し換算式に代入するのである。値は大きい方が硬い。 もちろん、硬い方がサスティーンは伸びる。でも、誰もがキンキンした音は望まないだろうから、(好きな人もいるか...?)そのギターにあった硬さというものがあるのだろう。 ちなみに、ブラスや亜鉛ダイキャストは、Hv80、スチール製のストラトプレスサドルがHv190、フロイドローズの焼き入れサドルに至っては、Hv400を超えてしまう。一方、純チタンの結晶組織が一番安定している状態は、Hv160位。従って、ギターパーツにした場合、金属的でキンキンしたサウンドであろうという予想は見事に裏切られる。 チタンが満たす、音響的に優れた金属としての第一条件として、内部減衰率の低さがあげられよう。 すなわち、弦の振動によって発生した波動を物質内部で吸収してしまうことなく、ボディーへと伝えることができるのだ。稠密六方晶と呼ばれる、 その独特な結晶組織に起因するものと考えられているが、それがまた、 弦振動の安定性をも生み出している。もうひとつ、従来から音響材料には、E( 縦弾性係数 ) /ρ( 密度 ) の値の高いものがよいとされている。 わかりやすく言うと、軽くて曲がりにくい材料がよいということだ。 チタンは、この条件も併せ持っているといえよう。とは言え、音の善し悪しを判断するのは、データや分析ではなく、やはりプレイヤーの感性である。好みも十人十色であろうが、ぜひ実際にあなたのギターに装着し、金属が持つサウンドへの無限の可能性ということを実感していただきたい。 |
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| ■Vol.008 チタンが似合うギタリスト | ||||||
| 先日、都内某 K 商会3階会議室において、”チタンパーツの音の違い”をテーマに、勉強会及び試奏会が行われた。参加者は、北海道、大阪営業所よりはるばる足を運んでいただいた
スタッフはじ20 数名。用意したギターは、例の如く、ストラト2本とレスポール2本。交互に弾きまくり、違いを実感していただく。その中で、あるスタッフから2本のストラトの、あっと驚く決定的な違いを指摘されたのである。 その違いとは... ”こっちがイングェイでこっちがリッチーブラックモアだ!” 場内大爆笑。しかしなんと明解な表現だろう。どちらがチタンであるか...? チタンサウンドを経験された方はすぐに分かるはずだ。 チタンパーツは、選択肢の一つである。猫も杓子も使うようになってしまったらつまらない。そのギタリストが、 ギターを選んだり、エフェクターを選んだり、アンプを選んだりするように、自分を表現する手段として、選択すればよいのである。 内外問わず、私には大好きなギタリストがたくさんいる。しかし彼ら全員にうちのパーツを薦めようとは思わないのだ。 例えば、尊敬する、クラプトン様には、”もしよろしかったら...”って感じだが、若い頃から憧れの、キース・リチャーズ(昔ゃキース・リチャードだったんだぜ)には、”じいさん、こんなもの使うなよ、絶対!”と言いたいのである。 TAKANAKAには、”ぼく、最近チタンなの..”なんていってもらいたいけど、Charには、”パーツなんてかんけーねーよ!”と、ほざいてもらいたい。 寺内エレキの神様には、18金のほうが似合ってるし、(18金だと柔らかすぎるから 14金にしとこう。)けど、三根さんには、ぜひ装着していただいて、”春の海”をより美しく奏でて欲しい。(お願いしますよ、FUJIGENさん。) ジョーサトと、その弟子(たしかスティーヴといったな。)インサートブロックくらい、チタンにしろよ。 エリックジョンソン。あんたは絶対使うべき! もう少しいってみようか。 トンプソンには、感謝感激だけど、ランドウにはクスリの方が効き目があるのかな? よっちゃんには、毎度どーもなんだけど、ゴローちゃんは、まだなのかな? コンバットさん?BBには、薦めないけど、キング夫人には、ぜひ使ってもらいたい。ラケットに...。 ............失礼しました。 補足 ベース編 ジャコ...。天国で使ってくれるかい?あんたのフレットレスに...。 マーカス!聞くところによると、おまえさん、ベースやるんだって?それもかなりの凄腕だそうじゃあねえか。 それにしても、そのごっついだけで、中身スカスカのブリッジは、どんなもんかな?今そいつにピッタシあうやつを、こさえてるから、試させてやってもいいぜ。 |
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| ■Vol.009 我が心のアメリカ Part.2 | ||||||
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| JAN.18, 2001(THU) 開催初日。木曜ということで人出はいまいち。二階でそれも端っこのブースを割り当てられたフロアは寂しい限り。昼が近づき腹も減ってきた頃、突如、緊急事態を知らせるサイレンが鳴った。EMARGENCY!!,
EMARGENCY!!, weeeen! weeeen! 「何だ。どうした?」最初のうちは、他のブースがエフェクターで遊んでるんだろうと思っていた我々も、支持に従い会場内に
出されてしまった。結局、食事を終えて戻ってみたら、何の支障もなくショーは再開されており、これに対する当局の説明も聞かれなかったのだが どうやら、カルフォルニア一帯の停電訓練の一環であったようだ。ブースに戻ってからも、パッとしない状態は続き、初日も閉館時間が近づいてきてしまった。商談につながるような話はほとんどなし。正直落ち込んだ。こんな端っこのブースじゃ客もわかんねえんじゃあねえのか?「2日目は金曜だから結構にぎやかになってきますよ。」「明日は朝から下のブースまわってきましょうか?」スタッフが気を使ってくれるのが判る。 チャイナタウンでの夕食後、我々もよく知っている、日本人ギタリスト、TOSHI YANAGIが、TOTOのSIMO PHILIPSとセッションするということで、ハリウッドのライブハウス、 ベイクドポテトへと出かけた。次々と繰り出されるサウンドバトルに、スタッフみんな満足して帰った中、自分の頭の中は、明日からのショーのことでいっばいであった。 |
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| 彼のプレイが功を奏してか、我々のブースの回りには、次第に人が集まるようになってきた。客足には波があり、試奏や説明で大忙しになったかと思うと、すーっと引いていく。試奏コーナーはやはり正解。耳の肥えた連中がみんな絶賛していく。二本のストラトを表裏、ビスやプレートにいたるまで、しげしげと観察し「これはほんとに同じギターか?」と疑っていった業者がいた。「色は違うが、両方とも$600もだせば買える、JAPANESE
FENDERだ。$1000のUS FENDER 以上の音はするぜ。」 おもしろかったのは、BURNYの LPモデル。FERNANDESがGIBSONと一悶着あった、いわくつきのシリーズなのであるが、アメリカ国内でも、これほど立派なコピーモデルは、珍しいらしく、「おまえらは、このギターもディストリビュートしてるのか?」と何度も訊かれてしまった。 午後2時過ぎ、私はほんの少しだが耳を疑った。「Excuse me sir. I'd like to buy these parts.」PRO MUSIC EXCHANGEという地元、ORANGEの業者だった。 展示即売用に、用意はしてあったのだか、正直言って、昨日の様子じゃあ全部日本に持ち帰るようかとあきらめていたところであったのだ。ストラト用のPR-04, T.O.M.ブリッジセットの PR-01set各1セットと引き替えに、私の手には、$100札一枚と$10札数枚があった。結局この日我々は、他にも何点か売上を計上することが出来た。 |
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| 今日も順調に売上を伸ばしていった。商品の説明、ギターの試奏、金のやりとり、客の集中するときは、パニックである。午後3時をすぎた頃、入り口からにこにこしながら入ってくる見覚えのある顔があった。手に100$札を数枚束ねてる。昨日ブースにきて、「50セットまとめるから卸価格で売ってくれ。今は金持ってないから
明日朝一番でくる。商品をまとめておいてくれ。」といって帰っていったスウェーデンの業者だった。午前中に来なかったので我々もあきらめていたのだ。「いやあ、かみさんと子供をディズニーランドに連れていってさあ。いま抜け出してきたんだよ。」と言い訳する彼の姿が妙に人間的で、ほほえましかった。
JAN.21, 2001 (SUN) 早いもので今日はもう最終日である。午前中、FENDER CUSTOM SHOPのボス、DAN SMITHに会いに行く。 覚えていてくれたようだ。「昨年渡したサンプルについて、何度も MAIL したり、手紙を書いたりしたのに、あんたは返事をくれなかったじゃないか。」と詰め寄ると、「いやあ悪かった。正直なところ、ストラトに関しては試してみたんだが...”Hi! ロバート。景気はどうだい?”..失礼。ベースブリッジの方はまだ手をつけてないんだ。おれも忙しくてね。それでストラトについてなんだが...、”おい! フレッド。久しぶりじゃないか、何やってんだ?”...いや失礼...。どうもうちのギターには、Too brightじゃあないかと思うんだよ。」と、こんな調子だ。こいつ、本当に試したのか?と疑いつつも、「あんたの評価がどうあれ、実際、一流どころのL.A.ミュージシャンが気にいって使ってくれてるんだ。FENDERとしても選択肢の一つとしてもいいだろう?」と言ってブースに戻る。 YAMAHAやIBANEZの現地人スタッフもブースにやってきて、パーツを購入していってくれた。最終日は、午後5時終了。その日のうちに機材の搬出をしなければならない。終了間際、昨年取引のあった、ALLPARTSのSTEVEがブースに来た。彼のところで出してくれた、うちのパーツの広告が掲載された雑誌を持ってきてくれたのだ。「うちも、ちゃんと宣伝してるだろ。」と言いながら、展示してあるパーツを勝手に持っていった。「おいおい、リピートオーダーのひとつくらい出していけよ。」と言おうと思ったら、なんだ、なんだ。FENDER のDAN SMITHが来てるじゃあないか。「うちの開発が、おまえんとこのパーツに興味があるらしいから連れてきた。」 新たなアイテムがサンプルとして持ち去られたのは言うまでもない。 4日間、自社製品を通じ世界各国、様々な人々と出合う機会に恵まれた。英語がもっと話せれば、もっと聞き取れればと、これほど思ったことはない。恥ずかしいながら、私の中学校程度の英語能力では、思っていることの半分伝えられたかどうか? 最近確信することがある。インターネットという巨大なコミュニケーション手段が張り巡らされ、ビジネスに関しても実際、相手の顔を見ずに、言葉も交わさずに、金と商品のやりとりが行われる。あるのは、ディスプレイに表示された、無機質な入力フォーム。しかし商売の本質というのは、売り手と買い手の間に、なんらかの心の通じ合うところがあり、人と人とのつながりの中で、お互いの利益を求める事にあるのだ。MAILよりは、電話で話す方が心は通じる。電話より、実際に会って話す方がもっと相手が判る。 「帰ったら、この製品を俺の国で宣伝するからな。」と言って、商品を抱えて去っていったスウェーデンのディーラーの満足げな顔がいまでも目に焼き付いている。 ◆SPECIAL THANKS Prosound Communications Inc. L.A. staff Masao Mizoguchi/ EMZ Trading Company Ltd. TARO YOSHIDA JINSHI OZAKI Z-VEX STAFF |
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| ■Vol.010 港・ヨコハマ・ふれっとわいやー | ||||||
| ギターに限らず楽器には古くから、いろいろな金属が使われてきた。役割としては大きく二つに分けられる。自ら振動する事によって音源となり、
その楽器の主役になっている金属。その楽器を構成する一部分ではあるが、調律や音の伝達に重要な役割を果たしている金属。ギターの中で後者に当てはまる
金属パーツに、フレットがある。おそらくギターに使われいてる金属の中で、数量量的には一番なのではないか。なにしろギター1本につき、22〜24 本使用するのである。
材質は、Nickel Silver (日本名は洋白とか洋銀)という。しかしおもしろいことに銀は含まれてない。ブランドも、ギブソン、フェンダー、ディマジオ、事務団・・
おっと変換間違え、ジムダン、イバニーズ等いろいろあり、それぞれが特色のある音色をもっている...そうだ。 ところで、このフレットワイヤー、世界中のギターに使われているうちの大部分が、MADE IN JAPANだということは意外と知られていない。 そう、横浜の(今の工場は横浜のすぐそばの)三晃製作所という会社が製作し、世界のシェアの6〜7割を占める、独壇場である。 いわば日本が世界に誇るフレットワイヤーだ。残念ながら、K.T.S は作っていない。餅は餅やで買っていただきたい。US MADEのギターの純正パーツが すべて、アメリカ製だなんて考えている人はいないだろうが、US FENDERのフレットをひっこぬいて、スタッドが三角だったら、間違いなく日本製。 フレットによる音の違いは硬さで決まる。(いやあ、材料中に含まれる、銅と、亜鉛と、ニッケルの配合の微妙なバランスが重要な影響を及ぼすのさ..という人がいたら すごい。)それでは、その硬さの違いはどうやって決まるのか? それは金属の持つ加工硬化という現象に起因する。フレットワイヤーというのは、丸い断面形状を持った、 洋白の針金から、圧延により(わかりやすくいえば、押しつぶしながら)あのキノコ状の断面形状に成形していく。 ほら、小さい頃よく鉄道のそばで電車が来そうになると、レールに釘を置いて遊ばなかった?電車が通り過ぎた後、線路の上にはさわれないくらいに熱く、そして硬くなったナイフができあがっていたものだ。 よいこのみなさんはまねをしないように...。これが金属の圧延加工及び加工硬化である。 通常、加工硬化の著しい金属の塑性加工においては、加工硬化による組織割れ等を防ぐため中間行程で、焼き鈍しという熱処理を施す。ある温度の中に 一定時間いれて、組織を元の状態に戻すのである。フレットの材料である、洋白に含まれるニッケル。これがまったく加工硬化が著しい材料なのだ。普段はクタクタなくせして、ちょっとした塑性加工という刺激をあたえてやると、 即シャキーンと硬くなる...。まことに羨ましい限り..? なにはともあれ、この洋白という材料、フレット素材の条件をすべてクリアしている様だ。圧延加工による加工硬化で表面硬度をあげることにより、対摩耗性に優れるし、耐食性も比較的良い。色だってきれいだし、指板打ち込み 等の後加工の要望や、好みに応じて硬さを調節できる。硬ければ、サスティーンは伸びるし、減りにくくなるけど、打ち込みはしにくくなる。柔らかければ、打ち込みは簡単だけど、音は伸びないし、すぐ減ってしまう。このようなフレットを こんにゃくフレットと呼びます。ちなみに、信州のギターメーカー、フジゲンさんの指定は、Hv185(Hv というのは、金属の硬さを表す単位の一つで大きい方が硬い。)YAMAHA の台湾工場が、Hv165、舶来のジムダンは、なんと Hv200アーップ!! しかし韓国や中国で生産されるギターの大部分には、焼き鈍しをしたそのままの柔らかいフレット(Hv140くらい)が送り込まれる。 このように、日本が世界に誇るフレット産業なのだが、韓国製や台湾製のフレットワイヤーも出回ってきている。品質はともかく、量産タイプのギターにはなんといっても価格が勝負である。MADE IN JAPAN にもコストダウンの要請がきびしい。 おのずと、定番機種の大量生産が主となり、ユーザーであるプレイヤーや、ビルダーたちの意見がメーカーまで届きにくい現状になっているのは否めない事実であろう。カスタムオーダーのフレットなんてのは夢の夢なのである。 しかし、このような時代、港横浜に、カスタムフレットワイヤー工場を造ってしまった一人の男がいた...。 PAR2へ続く |
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| ■Vol.011 最近エレキ少年事情 | ||||||
| 実は、私には高校2年の息子がいる。髪を赤く染め、親指を巧みに操る事でコミュニケーションをとり、たまに無断外泊する、ごく普通の高校生だ。 最近、この年頃に患い易い病気にかかっている。勉強せずにギターばかり弾いているのである。幸か不幸か、親がこんな仕事をしていると遊び道具には 不自由しない。とっかえひっかえ大事な商売道具を学校へ持っていく。健康的に部活に励む日に焼けた少年達や、とっくに受験勉強を始めている、 黒ぶちめがねの秀才達を見ると、正直我が子が、情けなくなってしまう事もあるが、30年前の自分を思い出したとき、まあいいかな、と思ってしまうのである。 夜も寝ないで昼寝した、暑くて長い夏休みが終わると、彼らの季節がやってくる。勉強やスポーツでは主役になれない彼らが、光り輝く二日間。生活指導の先生も、多少のことでは目を瞑り、 インターハイのヒーローも、東大確実の博士君もこの日ばかりは脇役だ。そして最近は、すっかり見捨てられてしまった旧体育館が、ライブハウスに変身する。 もうすっかり遠い過去となってしまった、高校時代の自分とその仲間、そしてかわいかったあの娘をオーバーラップさせながら、学園フェスタの一日を楽しんだ。 パワフルバンドが目白押しだ。身内のノリもすざましい。みんないい音出してる。楽器はいいもの持ってるし、だいいち PA 屋さんが、しっかりサポートしてくれる。 高校生が FENDER 持って、マーシャルかき鳴らすなんて、エーストーンの50ワットにプラグを突っ込んで胸をときめかしていた、我々の時代からすれば夢のまた夢。まったく恵まれているというか、 ありがたみをしらないというか...。しかし、リズム感やテクは、昔より確実に数倍は向上している。練習量は我々より絶対少ないはずなのにだ。生まれて育ってゆく環境が昔と比べものにならないほど、 多種多様な音楽に包まれてきたからか、安易にコピーできる教則本が氾濫しているからか、高いギターを買ってもらえるからか、理由はいろいろあるだろうが、これはこれで良いことだと思う。 私は、どんなジャンルであれ音楽であれば、それを否定しない。ヒップホップだろうがメロコアだろうが、同年代のオヤジにとってはつらい音楽であってもだ。プレイヤーがいて、リスナーがいて、 双方が楽しめて満足できるのであれば、それは、その時代を象徴する立派な音楽である。 しかし最近、ふと思うことがある。今からまた30年が過ぎ、私の孫もまた同じ病気にかかり、ギターをかき鳴らしていたとしたら....息子は、たまには勉強しろ!と孫にどなりながら、 きっと30年前の自慢話をするに違いない。その時、ラジオから(そんなものは無くなっているか?)ふと流れた曲を聴きながら...なつかしいなあ! こいつは、お父さんがおまえくらいの時に、すごくはやった曲なんだぜ! と言うことができるだろうか? |
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| ■Vol.012 港・ヨコハマ・ふれっとわいやー Part.2 | ||||||
| 柳川社長は遊び人だ。伊勢佐木町をツケで飲み歩く。好みはどうも、KOREAN
のようだ。 そして、元ピアニスト。立川、横須賀と米軍基地を渡り歩き、名古屋のクラブにも出演してた。 あのころヨコハマでタイコをたたいてた、寺内エレキの神様とは、同期らしい。フェバリットプレイヤーは、ジョージ・シャーリング。べつにシャーリングが好きだからではなかろうが、
機械で指を半分落としてからは、すっかりピアノから遠ざかり、私もたまに連れてってもらう、山下町のクラブ "ジョージの店" でも、もっぱらウクレレでハワイアンばかり。
私は未だ、社長のピアノを聴いたことがない。あのごっつい指から連想すると、さぞ豪快な演奏だったのだろう。 申し遅れたが、柳川社長は、我々の外注先であり得意先でもある、柳川製作所の経営者である。主に塑性加工で、曲がってしまった金属ワイヤーを真っ直ぐにする、直線加工という仕事をしている。業界では、直線屋と呼ばれる。 私は、音楽と、女と、金属加工をこよなく愛し、曲がったことの大嫌いな、この社長が大好きだ。 そんな、柳川社長が、フレットワイヤーの製造・販売を、その道の老舗、三晃製作所からさほど遠くない工業地域で、始めることになった。 参入した理由はこうだ。既存のフレットの足は曲がってるものが多い。足は限りなく垂直でなければ、指板から浮きあがってしまう。おれは曲がったことが大嫌いだ。カット品、特に窓空き品(オーバーバインディング)については、切り口がきたない。打ち込み後にすりあわせするとはいえ、おれは汚いことは許せない。 それと半世紀以上ものあいだ、洋白という材料が使われ続けているというのもおかしなことだ。他のいろんな材質を試してもいいじゃないか。おれはチャレンジ精神のないやつは認めない...等々、会うたびに延々と講釈を聞かされる。 家賃30万のそのファクトリーは、R246から少しはずれた、吉岡工業団地にある。50坪ほどの工場内には、数100Kgの、洋白ワイヤーが無造作に積まれ、数台の最新型伸線機の前で、フレットワイヤーに加工される時を待つ。壁際には、連続熱処理炉が設置され、そのタイミングや温度で、様々な硬さのフレットワイヤーが製造可能だ。 忘れてならないのが、タークスロール。四方向からの圧延で、クラウンと呼ばれる頭の部分、足、そしてスタッドが同時に成型される。 Part2でも述べたが、フレットはその硬さによって、サウンドに重要な影響を与える。好みもあるが、うるさ方には Hv190〜200というのが、理想のようだ。(硬さの単位がわからない人は、K.T.S コラム第5弾WHAT IS TITANIUM を参照してくれたまえ。しかし量産モデルで、この硬さのフレットが装着されているものはまずない。バネ性がありすぎて、打ち込み後に両端がはねやすい。量産には向かないのである。...と言われると、こだわりのビルダー達は、このような特殊なタイプを欲しがるものなのである。硬さに限らず、スタッドの出っ張りはそのままで、足の太さを若干太くしろだとか、 何年もののフェンダーにしか使われてなかった、こんなようなの(図面なんかありはしない)とか説明するのだ。そうそう、最近出回っているステンレスフレット。フリーダム・ギター・リサーチ深野社長の、意見を取り入れ、ここで生産されている。シャープなハイサスティンが好みの方は、是非お試しあれ。 音楽を愛する、金属加工屋のおやじが、ギタリストやビルダーの、細かい要望に応える。彼らの満足を少しでも満たし、決して金儲け第一主義ではなく、業界に貢献する。大変すばらしいことだ。 しかし、私もそうだが本当はドーンと売って、がばっと儲けたいのだ。三晃製のフレットが独占している、韓国市場に、トン単位で送り込みたいのである。しかし、あの国では複雑な人脈がからみ、なかなか参入できかねているのが現状である。いいものを造っても、商売で負けたんじゃあ意味がない。ぜひ、既存の牙城を切り崩し、世界に "港ヨコハマふれっとわいやーR"を広めてもらいたいものである。 |
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| ■Vol.013 勝ち抜きエレキ合戦!! | ||||||
| BATTLE 1 尾藤イサオ 対 ジ・アニマルズ 小学校5年生の私にとって、そのイントロは強烈だった。ツッタカツッタカタ〜〜タカタッタッタ〜タ〜ツッタカツッタカタ〜〜 こいつはなんて言う曲なんだろう?最近はやりはじめた電気ギターを持ったお兄ちゃん達が独身寮のベランダに出て弾いている。ツッタカツッタカタ〜〜 いいなあ、かっこいいなあ。ザ・ピーナツがやりそうなメロディーだけどまさか違うだろうな。 私のクラスには、ヤチヨちゃんという妙にこまっしゃくれた娘がいて、となりの席にすわってた。私はいつもスカートをめくっていじめてたのだが、向こうも喜んでいたようだった。そんなヤチヨちゃんが、ある日鼻歌を歌ってる。 ツッタカツッタカタ〜〜「おい、おまえ!その曲知ってんのか...?」「これ?..悲しき願いっていうのよ。」「へぇー。おまえなんで知ってんの?それでだれがやってんのよ?」「知らない。」 そうか。悲しき願いか..。ツッタカツッタカタ〜〜「おかあさん。今年のクリスマスプレゼントはレコードにしてくれ。」「なんだい、こないだ"狼少年ケン"のソノシート買ったばかりじゃないか?今度は"スーパージェッター"かい?それとも"宇宙少年ソラン"?」 母親の袖を引っ張り、レコード店へと駆け込んだ私は、店員にその曲名を告げ、ようやくその印象的なイントロを持つ曲のレコードを手にする事が出来た。そのレコードは 370 円でジャケットには、尾藤イサオとクレジットされていた。後日、実はオリジナルが、アニマルズという外国のバンドの曲だったという事を知るのは言うまでもない。 ♪♪♪ だーれのせーでもありゃしないー ♪♪♪ BATTLE 2 リバプール 対 ロンドン 昔、テレビのゴールデンタイムに、ディズニーランドという番組があった。週に一度の、この人気番組が一度だけお休みになったとき、イギリスから来た4人組のグループの名前を覚えた。 神永がヘーシンクに負けた武道館でおこなわれたコンサート中継では、お姉さんたちが涙を流して踊っていた。 こいつらが、リバプールという、港町出身であったというの知ったのは、もっとずうっと後である。 パイプラインが、うまく弾けるようになったとき、テレビにはいつもジュリーが出ていた。僕のマリーとモナリザの微笑の後には、タ〜〜〜イゾマサ〜 yes,it is.という曲を演るのである。 しばらくして私は、LONDONというレーベルから出ていた、この曲のオリジナルを入手する。(今度は間違わなかった。) かっこいい曲だと思った。でも間奏のギターは、キャラバンとかレッツゴー運命と同じくらい難しそうに感じた。 この二つのグループは、何かとすぐ比較され続けていく。ミュージックライフの人気投票では上位を争い、ラジオ番組では特集を組んで、リバプール対ロンドンとかいうリクエスト合戦をやったりする。 勝つのはいつも、リバプール。時々ロンドンは、スコットウォーカーにも負けてしまう。でも、そのころバンドやってる連中は、みんな彼らの曲をコピーしてたし、私も、その泥臭い音楽に夢中になっていた。 そして大好きだったメンバーの一人が、自宅のプールで死んでしまったときも、すごく悲しかったのを覚えている。だからせめて、このコラムでは、ロンドンに勝たせたい。 LOVE ME DO じゃなくて COME ON YESTERDAY よりも AS TEARS GO BY HARD DAYS NIGHT じゃなくて SATISFACTION LADY MADONNA だったら JUMPIN' JACK FLASH そして... LET IT BE..? LET IT BLEED でしょう。 BATTLE 3 スプートニクス 対 コティのママ まだ一般家庭に、ステレオというのが珍しい時代、私の家には、父が村田英雄とか三橋美智也を聴くために購入した、78rpmと16rpmのついているナショナルのコンソール型家具調ステレオがあった。そのステレオを占領し、十番街の殺人や急がば廻れを聴いている私は、トニーブラクストンやメアリーJブライジを聴きたくて揃えたオーディオセットからモンゴル 800のソースを出力している、 わが愚息の様だったのかもしれない。 その頃、こうるさいエレキサウンドが大嫌いだった父が、ふと耳を傾けてくれたくれたレコードが一枚だけあった。それは、"Am-G-F-E7"という、コード進行で始まる、”霧のカレリア”という美しいメロディーの曲だった。私は、スプートニクスというスウェーデンのグループが演奏するこの曲が大好きで、友達から借りたそのレコードを 100 回くらい聴いたと思う。 それから30年以上が過ぎたある冬の日。霧のカレリアのような人にめぐり会えないまま、愛とか恋とかが懐かしい年齢になってしまった私は、親友の溝口からの誘いで、元ジャズクラブのママが主催するパーティーに出席することになった。紹介してもらった、コティのママと呼ばれるその女性は、若い頃アメリカに渡り、ニューヨークで歌をうたいながら勉強、ステージでの実力をつけ、帰国後は日劇ミュージックホールや一流ナイトクラブのステージシンガーとして活躍した人で、 ニューヨークのホテルで、スタンゲッツに口説かれたという経歴の持ち主である。(これはどうやら本当らしい。) 華やかなパーティが始まり、嬉しいことに、私と溝口は、霧のカレリアのような2人の美しい女性と同席となった。このような席で素人の美人さんとお話しする機会のあまりない我々は、ママの歌を聴くのもそこそこに、パーティーが引けた後のたくらみをしていたのである。しかし、 パーティーも佳境に入った頃、カレリアのかたわれと盛り上がっていた私は、ママがその時唄い出した曲を聴いて、一瞬、ステージに釘付けになった...。 これは..? これは..スプートニクスの曲ではないか..?そうだ。確かに彼らの曲だ...。”ハバ・ナギラ”という、霧のカレリアの B 面にカップリングされていた曲であった。恥ずかしいことにそれまで、スプートニクスのオリジナルだと思っていたその曲がイスラエル民謡であるということを、私はこの時はじめて知ることになる。 華やかなドレスに身を包み、ハバ・ナギラを絶唱するママは素晴らしかった。失礼ながら、その年齢とは思えないほどの声量そして声の艶、躍動感、パワー! 私はすっかり見とれてしまった。この時から、私はすっかりママのファンになってしまったのである。 パーティーの終わった後、山下公園の近くの黒人が経営するバーでロマンチックなひとときを過ごしたカレリア達とは、残念ながら それっきり会ってはいないが、ママとは何度か、お酒を飲む機会に恵まれた。たいがいは、歌うことのできるジャズクラブだ。 興がのって歌い出すママに、私はいつもこうリクエストする。「ハバ・ナギラ!!」 そう。ハバ・ナギラに関しては、スプートニクスでなく、コティーのママだ。 それにしても、霧のカレリアを歌われなくて良かった...。 総括 戦い終わって... 勝ち抜きエレキ合戦というのは、1965年、空前のエレキブームの中、フジテレビで放映されていた番組である。 タイトルの通り、腕自慢のアマチュアバンドが演奏を競い、何週かを勝ち抜くと栄光のチャンピオンの座につけるという、 一昔前の、イカ天の原型でもあったのだろう。もう既に、孫を持ってしまったやつもいる、かつてのエレキ少年おやじ達が集まると、鈴木やすしが司会をしていて、かの成毛滋や寺尾聰が、ここからデビューしたとか、安岡力也のいるシャープホークスが レギュラーだっただのという話で盛り上がるのである。 その寺尾聰が、ルビーの指輪を唄い、安岡力也がホタテ男になり下がるまでの、強烈な文化のあった10数年間、数あまたの印象的な、ミュージシャン、メロディー、リズムが私の心に刻まれてきた。そしてそれは不思議と対をなしていることが多い。 例えば、BEATLES の "EIGHT DAYS A WEEK" 対 五月みどりの”一週間に十日来い”に始まって、”ブルーシャトウ”対 ”夕陽が泣いている”、、ビージーズ 対 加橋かつみ、ドアーズ 対 バニラファッジ、ドリフターズ 対 ドンキーカルテット、 じゅんとネネ 対 ベッツィ&クリス、ブルースクリエーション 対 フラワートラベリンバンド、”チャイルドインタイム”対 ”7月の朝”、”ハートブレーカー”対 ”ハートブレイカー”、夏木マリ 対 辺見マリ...ああ、きりがない..。 さて、以下に掲げた、3つのコラムで私は、相対するバンドあるいはミュージシャンを登場させる。もちろん勝ち抜きなどしないし、グランドチャンピオンも生まれない。 BATTLE 1 ”尾藤イサオ 対 ジ・アニマルズ”では、自分を、邦楽それもアニメ主題歌から洋楽へと目覚めさせた強烈なイントロ。BATTLE 2 ”リバプール 対 ロンドン”では、ギターを覚えバンドに狂っていた頃の、ストーンズへの想い。 そして BATTLE 3 ”スプートニクス 対 コティのママ”においては、勝ち抜きエレキ合戦の時代、幼ごころ(?)に刻まれた美しいメロディーの時空を超えた物語を描いてみた。多少身内ネタが入ってしまったことは許していただきたい。 |
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| ■Vol.014 MAKER DOUBLE DEALER | ||||||
| 私が、ミスターGと初めてあったのは、2年前のNAMM Show...。ブースを訪れた隣国の紳士は、流ちょうな日本語で、我々の商品に興味を示し、3アイテムほど購入してくれた。その時私は彼に対しすごく良い印象を持ったのをおぼえている。何となく落ち着きとか、風格とかを感じるし、こういう人間とビジネスをしたいとさえ思った。しかしその頃、自分の頭の中にあったターゲットは、アメリカ、ヨーローパであり、正直言って日本の半分に満たないその国のマーケットには、あまり興味がなかった。加えて、その後何度かメールを出したものの、リプライが無かったため
彼のプロファイルは私の記憶から薄れ、もうそろそろ、次回の出展準備をしなくてはならなくなった頃、同じ国から、かかってきた国際電話をとったときでさえ目に浮かぶことは無かった。
受話器の向こうから、たどたどしい日本語が英語混じりで聞こえる。 日本に行ったとき、あなたがたのティタヌーム(むこうはこう発音する。)製品を知った。大変気に入っている。私の国のディストリビューターにしてくれないか? 彼は、ミスターGではなく、KIMという、ネット上で楽器の販売をするビジネスを立ち上げようとしている人物であった。あの国には、KIMさんという人が、日本の佐藤さんの何倍もいるんだろうな等と思ってしまいながら、 Do you have any distributors or dealers in Korea? と訊かれたときにはじめて、 ミスターGの事を思い出した。 でも私は、「あなたの国には、まだ正式なディストリビューターはいません。」と告げ、悩むことなく近々日本に来るという彼と会う約束をするのである。 都内某ホテルで、初めて会った彼は多少緊張していた。会う前電話で話した印象で、わたしは若いなという感じを受け、うちの羽場は「おやじですよ。きっと...」と予想していたのであるが、私の勝ちだった。通訳の女子大生を通し、我々の商品を祖国に広めたいと情熱的に語る彼は熱かった。うれしかったが、反面その若さに頼りなさを感じ、そしてマーケットの小ささに落胆する自分が 少なからずあったのである。ところが、次の言葉が彼の口から出たとき、失礼ながら今まで、ソファーに反っくり返って偉そうに聞いていた私の背中は、猫のようにまるくなっていた。 「今日、私はサンプルとして何点か持ち帰りたい。帰国後、検討して正式オーダーいたします。アマウントとしては60万位を予定しているのですが...」 私は、てっきりWONだと思った。しかし、本人に確認するとYENだと言う。結局フリーサンプルとして持ち帰るであろうと思っていた商品に対しても、彼は現金で支払っていき、私の手元に、その晩、彼と同国もしくは隣の大国の美女達がたくさんいる店に還元されるであろう1万円札を数枚残していった。 数日後、私はNAMM show 2002に出展するため、成田を発った。フライト中、私は狸の皮算用をしていた。 五分の確率でオーダーは入るだろう。まだ全面的に信用はできないが、アドバンスペイメントでプロフォーマきってやれば、とりっぱぐれは無かろう。それに、今回のSHOWは、世界各国のディストリビュータをゲットするのが目的だ。行く前にひと仕事しちゃったじゃないか..? 既に取り引きしてるイタリアのWILDERもブースに寄ると言ってた。イギリス、ドイツあたりに侵攻したいな。会場での現金売上げはどの位いくかな..?ブース代と行って来いくらいにはしたいもんだ。 せまいシートに座りながら、来年は絶対ビジネスで行こうと思った。 ショーが始まった。ジェットラグもなんのその、前日の、エリックジョンソンライブで、本人とご対面、握手して我がチタンサドルを手渡せた感動の余韻に浸りながら、ハイテンションで会場へ出勤。前回のキャンセル待ちで確保したロケーションとは違う。今回は、マニアックなブースが顔を揃える HALL E だ。客の出足は順調。しかし、テロの影響もあってだろう。ヨーロッパ系の業者が少ない。反面、シンガポール、台湾、中国、韓国のアジア勢が元気だ。隣も、カルフォルニアに拠点を持つ、中国系のシールド屋。女副社長のJaneは、すごくかわいい。ブースを訪れた、シンガポールの ショップ、Davis Guitar の Janetには残念ながら会いそこなった。 あわただしく、接客に追われ、1日目も終わろうとした頃、「社長。お客さんがお見えになってますよ。」スタッフから声をかけられ、振り返った。「Mr. MASUDA ...。久しぶりですね。私は今回あなたへの、正式なオーダーシートを持ってきました。」 メタルフレームの眼鏡の奥から、涼しいまなざしを送る、ミスターGがそこにいた...。 ANAに比べ愛きょうの少ないフライトアテンダントが目立ったKALで約2時間半。韓国の春は遅いと聞いていたが、降り立った港町、釜山は、思いの外暖かかった。はじめての土地、それも海外であれば、緊張感とは裏腹にいつもウキウキする自分があったものである。ところがどうだ今回は...。道理をはずれたことなどしてないはずなのに、何故このような後ろめたさに似た感情ができてしまったのか? となりで、たまたま韓国サプライヤーとの打ち合わせがあり同行した溝口は観光気分だ。「ヒロシさんヒロシさん。韓国はいいよ〜。食い物は旨いし、ねえちゃんは綺麗だ。」どうせまた、訳の分からない汚い屋台に私を誘うつもりだろう。ねえちゃんはきっと整形だ。韓国楽器業界のリサーチと2人のディーラーと個別に話し合うために来た私には、小さなマーケットのすみわけがうまくできるだろうかという不安がつきまとっていた。 釜山で再会したミスターGには余裕があった。韓国宮廷料理を食わせるレストランで我々をもてなし、そのあと釜山港の繁華街にある、潮の香りのするジャズバー”GIANT STEP”に連れていってくれた。「明日はソウルの業者に会うのですか?」とも訊いてきた。そう..明日は、ソウルのホテルでKIMに会う予定である。既にミスターGと取り引きをしている事を話したとき、彼はどう思うであろう。 実際、この時点で、ミスターGのファーストオーダー約5000ドル分のパーツを韓国に送り込んでいたのである。 不安はソウルで的中する。KIMは既にミスターGが我々の商品を扱っているのを知っていた。私は、日本の遙か先を行く、このインターネット先進国を疎ましく思った。彼は怒っているよりも落胆しているように見えた。何故彼に売ったのですか?私はあなたの商品に賭けていたのに...。ミスターGが嫌いらしい。釜山にある彼のショップの良からぬ噂を激しく口にする。...だってあんたの所からはまだ正式オーダーは出て無いじゃないか..それに彼は昨年もブースに来てくれたし..、あんたが言うほど悪い人じゃないだろう..。日本語の達者なユンさんに仲に入ってもらい、我々の話し合いは2時間にわたった。 結局、現時点でどちらとも、エクスクルーシヴについては考えない。KIMがソウル中心に、我々のオリジナルパッケージのものを扱い、釜山へはバルクで出すと言うことで、あいまいな決着となった。 帰国後間もなく、KIMからの正式なオーダーシートが入った。トータルアマウントは、彼が最初に言ったとおり、約$5,000である。私は少しだけ悩んだ後、1通のプロフォーマインボイスをFAXしていた。そしてそのあと、自分が、2人の金持ち男を愛人に持ち天秤にかけてる、やらしい女 (LADY DOUBLE DEALER) のように思えた。 |
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| ■Vol.015 K.T.S Laboratoly...プレスサドルの不思議 | ||||||
| ステンレスフレットが好評である。以前コラムで取り上げた、柳川製作所製、フリーダムブランドのものだ。開発当初、K.T.S
が両者を取り持ったこともあり、 嬉しい限りである。フレットがステンレスなら、サドルもステンレスがあってもいいだろう..。ということで、ストラトのプレスサドルを作ってみた。 一口にステンレスと言っても、種類はたくさんある。たとえば、台所の流し台やパチンコの台に使われる、SUS
430という、比較的柔らかい、フェライト系と呼ばれるステンレス。 これは、鉄に、18パーセントのクロームが配合されたスチール。ニッケルは含まないため、色は多少黒っぽい。ステンレスフレットには、18%クローム8%ニッケルがふくまれる、
オーステナイト系ステンレスと呼ばれる、SUS 304という規格が使われる。これは、フェライト系に比べると、硬く、加工は多少、難しくなるが、耐食性に富み、白く美しい艶を出す材料である。
さて、このフレットと同じ、美しい材料で、プレスサドルを作れば、さぞいい音がするだろう。でも良すぎて、チタンが売れなくなったらどうしよう...? 所長の私と、助手の羽場は、期待と不安が混じった中でサウンドチェックを行ったのである。 音を聴いたとたん、笑ってしまった。バリバリだ。ローが全く出ない。私は、ただの音楽好きの加工屋であるが、初めてチタンの音を聴いたときより、その違いを認識できた。「まあ..こんなのもありですかねえ...。」羽場が、ため息混じりにつぶやく。「無しだ。」と思った。どうして、フレットはいいのに、プレスサドルに使うと、こんなにも情けない音になってしまうのだろう..? 我々は、その原因究明にのりだすことになる。そして、そのプレスサドルの表面硬度を計測していくうちに、驚くべき事実が判明したのである。 |
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| 原材料のステンレスシート(厚み1.2m/m)の表面硬度は、Hv160〜170である。ちなみに、フェンダー純正のスチールサドル、そして我々のチタンサドルも、ほぼ、この範囲である。硬度のことがよくわからない諸君は、K.T.Sコラムの第5回、WHAT IS TITANIUMを参照してくれたまえ。異論があるかもしれないが、 私は、金属の硬さの範囲、Hv160〜180というのが、ギターサウンドにとってはベストであると考えている。 | ||||||
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| 前述したように、サドルの弦が直接触れる部分の表面硬度は、両者とも、
Hv170前後である。これは、開発時に、いやというほどチェックを行った。しかしながら、正直に言うと、その他の部分について我々は、今まで全く計測したことがなかったのである。恥ずかしい限りだ。 結果は...。チタンが、Hv110〜120
、スチールが、Hv100〜110。多少チタンの方がギャップは少ないが、まあ似たようなものである。それより、やはりステンレスと同じ様な現象が、チタンにも現れている。原材料のチタン1種のシートは、Hv140前後だ。スチールについて、その原材料にどの程度の硬さのものが使われていたのかは、我々の知るところではない。しかし、ここで、はっきり言えることは、プレスサドルのような金属のシートに、プレスによる曲げ加工が施され、
それにより、塑性変形した箇所と、そのままの箇所が混在する場合、前者には、プラスの加工硬化、後者にはマイナスの加工硬化が姿を現すということである。そして、そのギャップが大きいほど、ブリッジサドルに使用する条件から、離れていくということではないだろうか? 最後に、われわれは、このどうしようもないステンレスサドルに、ある治療を加えようということになった。温度1,150゚C、水素ガス雰囲気、約3分間、後、急冷。ブライト・アニーリングである。塑性加工により、破壊された結晶組織、析出した不純物としての硫黄をはじめとした元素、ばらつきのできた結晶粒度は、ブライトアニール後、固溶化状態となり、ステンレス本来が持つ、結晶状態にリストアされる。 そしてサウンドチェック。期待通り、大幅な改善が見られた。そして、マイナスからゼロに回復したステンレス本来がもつサウンド特性が、そこにあった。しかしそれは、チタンが初めて私にくれた感動には、とうてい及びもつかなかった...。 |
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| ■Vol.016 All Rights Reserved? | ||||||
| 最近、米国のToneProsという会社と取引をした。遠い昔に、Gibsonが開発した、Tune-O-Maticスタイルブリッジとストップテイルピースに、ある、画期的なアイディアを加え、マーケットに参入してきたのはまだ最近のことである。
彼らのアイディアは、至ってシンプル。弦交換時において容易に床に落ちてしまうブリッジとテイルピースにイモネジを付けて固定できるようにしたのである。誰でも考えそうなのに、誰も実行しなかったアイディア。パテントの世界においてはよくあることだ。
彼らと取り引きを始める際、NON DISCLOSURE AGREEMENTというお堅い書類にサインさせられた。日本語に訳せば、機密非公開誓約書といったところか...。
やっこさんたちにしてみれば、金の卵であるパテンテッドブリッジを、(実際はペンディングなのであるが)そんなもの作るのは朝飯前の我々日本のメーカーに勝手に作られて勝手に売り出されては非常に困るのである。
私は、そんなことをするつもりは全くないし、興味もないのだが、何といっても工場を持たない、アイディアだけが財産の彼らにとっては、大切な防御策なのであろう。
アメリカはパテント社会だの、訴訟大国だのと言われる。そこそこの会社には、特許関連の部署が存在し、パテント訴訟専門にお抱え法律事務所を持っていて、常に獲物はいないか(?)と目を光らせている。 実を言うと、我々も危うく、GIBSON に訴えられそうになったことがある。Faxで"The need for taking legal action against you"ときた。何のことはない。NAMMで試奏用に持っていった、国産のレスポールを見つけて、コピー商品を取り扱っていると言っているのである。 アメリカに進出する日本企業は、少なからず、このようなパテントがらみの問題に遭遇することがあるようだ。 特にサブマリン特許といわれる、公に公開されずに申請されている類のものには、SONYや松下も、ずいぶん悩まされたらしい。まあ、この国に限らず、社会に貢献できる発明をした人は、それに対する報酬以外に、もう一度お金をかせげるチャンスがあるという事だろう。 楽器業界にもアイディアひとつで財をなし、その権利をうまくコントロールし、活用することで左うちわの生活している、なんとかローズさんをはじめとした方々が何人かおられるようである。かく言う私も、そういうふうになりたいと思ったことがある。 実際、チタンサドルの国際特許、及びTi-Blockの国内特許を申請している。試作ができて、その音を聴き、さらに、音響分析でウラを取ったとき、恥ずかしいけれども、大金持ちになれるんじゃあないかと思った。 ところが、そうは世の中甘くないという事が判ってくると、つまり自分の発明の才能や独創性というものが、十人並みであると悟ってくると、たった一つや二つのひらめきで、金持ちになって自宅のプールで泳いでいる爺さんに反感を持ってくる。 パテントかざして、ギスギスしている奴らが、醜く見えてくる。たしかに研究を重ね、苦労して造り上げた商品の権利は尊重されるべきだ。それを無断で真似して金儲けしようとするやつはカスだ。でも、そんなに血眼になって、重箱の隅を突っつかなくてもいいんじゃないか..? たかが、楽器のパーツ、真似されたっていいじゃないかと思う。チタンパーツの偽物がでてきたら光栄だ。わが日本製造業の誇る技術は、たった数枚のパテント明細書では表せないほど、 奥が深いのだよ。なんて言ってみたいのである。 .....と、言いながらも、私は下記のような、かっこいい英語をうちのサイトに付けていた。意味も分からずに...。 2003/05/09 |
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| ■Vol.017 ステレオタイプ....Stere-type | ||||||
| 新しい単語を覚えた。UK 出身で、英会話の講師をしているJAMESが、さかんに"ステレオなんとか.."
と言っている。こいつは、オーディオについて話しているのかと思ったら、どうもそうでもないらしい。 どうやら、"stereotype" ...直訳すると、”固定観念”とか”既成概念”という意味らしい。”顔がでかくて、小さな目、眼鏡をかけて、ドーモドーモと言っている。”というのが、彼ら欧米人からみた、日本人男性の、stereotypeだそうだ。
外国人女性、特に夜の仕事をなさっている方に言わせれば、それに、”すけべ”が加わるのだろう。 我々が、素材として使っている、チタンについても、この"stereotype"が存在する。そしてそれは、まずいことに、聴覚に対して、マイナスの先入観を生んでしまうことがある。チタン−ゴルフヘッド−硬い材料−音も硬くて金属的−キンキン−ギラギラ...。 私が、チタンサドルを開発し楽器業界という、全くコネの無かったマーケットに参入しようと頑張っていた頃、しばしば、チタンが持つ、これらのマイナスイメージに頭を悩まされた。とりあえず弾いてくれて、”意外とマイルドなんだね。サスティンもあるじゃん..”と言ってくれる人はいいのだが、はなっから、マイナスイメージを掲げられて、相手にされないことも、よくあった。最悪のパターンは、試奏してもらっても、最初に持った"stereotype"が、拭えないとき。”うぁっ、硬い。サスティンはあるけど、やっぱり金属的だね。” 人間の持つ、聴覚や味覚というものは、"stereotype"に、かなり影響を受けるものである。 高校時代、私のクラスに、コーヒーはブルマンだよ。とか、おまえ、何、セブンスターなんてガキの煙草吸ってんの?ショートホープは大人の味だぜ!とか、(マイルドセブンはまだ無かった。)角を飲んだらトリスなんか飲めねえよ!とかのたまう妙に味にうるさいやつがいた。私は仲間と共謀して、この生意気なやつを、懲らしめることにした。 ヘネシー X.O. のボトルにサントリーホワイトを入れて、そいつに飲ませてやったのだ。”うーん..やっぱしコニャックは甘いよなあ..”一同大爆笑。いまでもクラス会での語りぐさである。でも私はその男のことが大好きである。 話しを戻そう。商品化されてから5年以上経ち、営業努力の甲斐あってか、最近は、当初あったマイナスイメージの"stereotype"は、ようやく払拭されたようだ。代わって、チタン=ロングサスティーン・クリーン&マイルド・クイックレスポンス・錆びない等といった、プラスの"stereotype"が定着してきたように思える。人間、素直な気持ちが大事である。 先入観無しに、味わってもらいたいものだ。目を瞑って聴いて、悪くなければそれはみんないい音。まずくなければ、みんな美味しいのである。でもギタリスト諸君!! チタンが持つ、プラスの "stereotype" だったら、是非持ってもらいたい。きっとプレイに良い影響を及ぼすはずだ。たとえリペアマンに、このボデイー材にはチタンは合わないんだよねーといわれたって...。 だって、昔はたいへん高価であった舶来洋酒の "stereotype" は、麦を葡萄にしてしまったのだから...。 2003/07/23 |
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| ■Vol.018 タイムマシンにお願い...だ。 | ||||||
台風一過、彼岸の中日。物置の整理をしていたら、段ボールのタイムカプセルに包まれた、30数年前のミュージックライフを発掘した。 梅雨時の布団のような匂いがするが、保存状態はすこぶる良い。高く売れそうだと一瞬思った。1969年12月号に始まる、ロックの教典をめくった瞬間、私はタイムトラベラー。 サイケな世界が広がり、遙かな化石の時代よ。いや化石ではない。磨かれて宝石になってしまったロックが原石であった頃だ。 ディープパープルのニューアルバム、”マシンヘッド”絶賛発売中の広告が掲載された1972年6月号で終わっているそのコレクションは、私が小遣いの約 1/4 をはたいて、(1970 年の4月号からは高校生になったので 1/8 ) 買い続けたものである。そしてその3年間は、まさにロックの創世記ともいうべき時代であったのだ。 若き日の、ロッドスチュワートがいる。デビューしたてのデビッドボウイがいる。方向性の定まらないクラプトンがいる。最悪のワイト島、トリをつとめた偉大なギタリストの死。 暴走列車は雷と嵐の中、後楽園を突っ走り、鉛の飛行船が武道館に飛来する。凍えそうなアフロディーテ、ポシャってしまった、富士オデッセイ...。あこがれのグレコギターが裏表紙を飾り、成毛滋が、顔を見せずに弾いている...。バラリと落ちた1枚のはがき..。 毎年暮れが近づくと始まる ML グランプリの投票用紙だ。 青いインクでしっかりと書かれたアーティストの名前。今よりうまい字だ。グループ部門、ROLLING STONESか....。フムフム、そうだろうな。今年こそグランプリ取らなくちゃな、あの4人組も、 空中分解しそうだし..。でも後ろから飛行船に乗った凄いのが追っかけてきてるぜ..。 ギタリスト部門、JIMMY PAGE ...。こいつだよ、キース!おれの心は既にこっちに傾いていってしまってるんだ。 女性ボーカル部門、ナンシーシナトラ??? このおませ!! 素晴らしい時代であった。その時代にギターと共に青春時代を過ごせたことを幸せに思う。ページをめくりながら、勉強もせずギターと格闘していたあの頃の自分がよみがえる。アルビンリーみたく弾きたくても、ベンチャーズのフレーズから抜け出せない。3弦の1音チョーキングが出来ない。(そりゃ巻弦じゃあ無理だろう)俺がアドリブをやるとどうして津軽じょんがら節みたくなっちゃうんだろう?サンタナはファズを使わずにどうしてあんなに音が伸びるのだろう? 最後に...。タイムマシンにお願いだ。一日といわず数時間でいい。私をあの時代に連れていっておくれ。できれば 32年前の今日と同じ日、県立A高校、けやき祭。そしてもし時間旅行者に3つの行為が許されるなら...。 楽屋がわりの教室で、ライトゲージが手に入らず、バンジョーの弦を張っている、高校2年生の”ボク”に、アーニーボールのスーパースリンキーをお土産に持っていこう。ハムバッカーの付いた赤いバーンズ抱えて、フルボリュームにしたエーストーンの50ワットに向かい合い、50%の確率で起こる、フィードバックに賭けている、マークファーナーを気取った”ボク”に、マクソンのオーバードライブを貸してやろう。そして、客席でステージを見つめるひとりの少女に...将来、K.T.Sの社長夫人になる運命を背負った その子に..、一言アドバイスしてやろう。「あいつは絶対やめておけ!」...と。 2003/09/23 |
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| ■Vol.019 イミテーションゴールド | ||||||
我々にとっては涙の出そうな曲が、NACK 5から聞こえてくる。最近、倉木麻衣ちゃんが歌ってるそうだ。 プロデュースは、池部楽器出身の、あの大物ギタリストらしい。アレンジが新鮮である。 イミテーション...。昔、アクセサリーショップの女店員からその意味を教えてもらった。にせもの、まがい物、代用品...。でも英語でいうと、どうしてこんなに響きがいいのだろう? 宝石、貴金属、時計、バッグ、財布、スーツ、絵画に刀に骨董品...。世の中偽物だらけである。 私はそれらを3つに分類する。1つは、もう誰がみても偽物とわかり、かえって笑ってしまえる商品。adodesとか、remonoとかRoexとか..。買う方も、まさか本物と思って買いはしない。イミテーションなんて言葉はもったいないので、これらは、まがいものと呼べばいい。2つめは、 なかなか作りもよく、遠くからみれば、本物に見えてしまう物。買う本人は、本当は本物が欲しいのだが、経済的な余裕がない。だから偽物と分かってても値段が安いから購入し、結構その商品に満足している。これをイミテーションと呼ぼう。 残った一つ、これはたちが悪い。質屋のおじさんか、鑑定士でなければ見分けがつかないシャネルやエルメス、ルイヴィトン..。買った本人は、もちろん本物と思っている。これを犯罪と呼ぶ。 ところで、エレキギターの世界って、結構イミテーションワールドではないだろうか? 猫も杓子も、大御所2大メーカーのデザインの踏襲だし、根底にビンテージというものがあり、おニューのギターに、わざわざ傷を付けたり、金属を腐食させエイジング感を持たせたパーツも店頭に並んでいる。 エフェクターだってある意味、音のイミテーションを電子的に創り出している。チューブなんとかとかいうやつは、真空管アンプを フルドライブした時の歪みを再現しているわけだろ? 断っておくが、私は決してこれらを批判しているわけではない。自分自身イミテーションが結構好きだし、自分で弾くギターのフレーズはパクリばかり。だいいち飯を食べさせてもらっている業界に対してめっそうもない。 昔、友達に地主の息子がいて、弾けもしないのに、ピートタウンシェンドが弾いているギターと同じのを持っていた。私はそのギターが欲しくて欲しくて、借りたまま返さずに、もらってしまった。そのギターはヘッドの部分が黒く塗られていて g で始まるロゴが見えなくなっているのだ。その友達に訊いたら、gのあとは、 rだったそうである。 私の義理の弟がまだ高校生だった頃、新しいギターを買ってもらったというので、見に行った。なんとリッチーブラックモアと同じギターを持っている。Fで始まる筆記体のロゴが誇らしい。全くここんちの親は、この末っ子長男のドラ息子に、どうしてこうも甘いんだ、と思っていたら、「お兄さん、これ最近出来た日本のメーカーで3万円くらいだったんだよ。」...なるほどよく見たら、Feのあとが、rだった。 現在、その2つの会社に、私はたいへんお世話になっている。 2003/12/21 |
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| ■Vol.020 イエロー got the カード | ||||||
NAMM Showで、我々が毎年ブースを出展している ホールEは、アナハイムコンベンションセンターでは、唯一地下に位置する会場である。ここは、どちらかというと小規模でマニアックなブースが軒を連ねていて、上の階の華やかさとはうってかわった 独特の雰囲気を醸し出している。出展している業者同士に、ある種、仲間意識の様なものが芽生え、特に連続して参加しているメンバー同士は顔見知りになり、初日は、"Hi ! How are you doing ?" 最終日は、"See you next year!" ということになる。私は、その雰囲気が好きで、エントリーするときは、いつもこの場所をリクエストする。 ところが、ここには、このフロアにのみ適用される、NAMMの厳しい規律が存在する。80デシベル以上の音が出せないのだ。 計測器を片手に、巡回してくるのは、色気の全く感じられない、こわい協会の女職員。3回注意されると、イエローカードとなり、会社名と責任者がチェックされる。懲りずにもう一度繰り返すと、電源を切られてしまう。実際80デシベルがどの位の音かというと、あの広いホールの中では、それこそ蚊の泣くような音なのである。音の違いなんてものは分かるはずもない。何のための楽器ショーだというのか? 光栄なことに K.T.S は、このイエローカードを、3年連続で頂戴している。有り難いことだ...。しかし、最近どうも奴らが我々に眼を付けて、いちゃもんつけているように思えてならない。我々東洋人を毛嫌いしている様に思えてならないのだ。うざったいイエロモンキーのモンキービジネスと思ってるんだ、きっと。だって、まるで鬼の首でも取ったような剣幕で、クレームをたたいてくる。なのに他のブースは笑顔でスルーだ。”絶対人種差別ですよ !!”と、うちのスタッフ。幸運にも、いままで電源を切られるまでは至らなかったのだが、今回はなんと初日に切符を切られてしまった。それからの3日間、我々は四方に見張りを立て、ブースに合図をするという、涙ぐましいまでの連携プレイを余儀なくされたのである。 物騒な器械を持った、おねえさん。まあ規則は規則として、しかたがないにせよ、我々東洋人いわゆる黄色人種(イエロー)に対して、いささか取締(?)が厳しすぎるんじゃないの? 対面のブースじゃあ、うちの2倍くらいの音を出してるぜ。上の階じゃあ、その十倍だ。もう3年も顔を合わせてるんだから、笑顔の一つも見せてみなって..。 そうすれば、うちのスタッフにも、”あいつ、絶対レズだよ!”なんて言われないのに..。 ...ああ..今年もまたカードをゲットしてしまった。 2004/02/11 |
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| ■Vol.021 God Save The Queen | ||||||
"Burns Guitar"というブランドがある。イギリスのレオ・フェンダーと呼ばれたらしい、Jim Burnsという人が、1964年に創業した歴史のあるメーカーである。昨年、そこのアーティスト・リエゾンを担当している、Keith Westなる人物からコンタクトがあった。 うちのパーツに興味を持っていて、ストラト用のサドルをサンプルに数セット送ってやったのだが、どうやら、レッドスペシャルのカスタムモデルに使われ、現在、Brian Mayの解答待ちだという。彼の音にチタンが合っているかどうかはともかく、ニューモデルに採用でもされたものなら、この上ない光栄だ。気の長い英国人のこと、いつになるやらと思いつつも、かなり期待している毎日である。 ところで、クィーンがブームである。国土計画、西武鉄道の世界だったアイスホッケーを少なくともテレビの中ではメジャーにしてしまった、あの人気番組のせいか..? 新しく編集されたベスト盤も発売され、売れ行きも好調だそうだ。昔からのファンにとっては、あんなベストは出して欲しくないという意見もおありのようだが..。 でもあの頃、フレディーやロジャーに黄色い声援を送っていた、女子中高生も、現在は、当時の自分と同じくらいの娘を持つ、ママになっているはず。きっと自分がリアルタイムで、クィーンの音楽を聴き、コンサートにも行った事などを自慢げに話しているに違いない。そんなことを思うと、何か、ほのぼのとした気分になってしまう。 実は、かくいう私もクィーンが大好きだった。いや今でも好きである。武道館にも2度、足を運んでいるし、当時のLPは大事に保管している、一昔前のレーザーディスクだって持っている。でも、あの当時、いわゆる今で言う、ビジュアル系であった彼らに対する風当たりはきびしく、ツェッペリン、パープル等の正当派ブリティッシュロックをよしとする評論家達の間では、かなりこき下ろされていたものだ。名前は出さないが、あの権威あるロック評論家でさえ、”クィーンはしょせん女王でしょ。キングにはなれないんですよ..。”私は、こいつはイギリスじゃあ、エリザベス女王が一番偉いのを知らないのか?と思った。いつだったか新聞に、私のお気に入りの一枚とかいう題で、"Queen II" を挙げられていた女性がいらっしゃったが、私も全く同感であり、あのアルバムこそは、クィーンの大傑作ではないかと思っている。今のクィーンファンにも是非聴いていただきたい。ということで最後は、私流 Queen II のライナーノーツで締めさせていただく。 side WHITEでのプラトー期を経て、まるで森英恵がデザインしたのではないかと思ってしまうそのレコードをside BLACKへとリバースし、ナガオカのレコード針をふたたび落とすと、そこは人喰い鬼たちの戦い。一気にフェリーフェラーにとなだれ込み、エクスタシーへとまっしぐら。March of the Black Qeenでオーガズムに達した私の体は、Funny how love isで、その余韻に浸る。そしてあたかもシネマのエンディングキャプションのごとく流れる、輝ける七つの海。あ〜もうたまらない! ”神よ、どうして Queen を守ってくれなかったのだ!!” 2004/03/27 |
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| ■Vol.022 五十路のブルースギター | ||||||
池袋のランパブ(*注1)で盛大に盛り上がった、40才のバースデイから早10年、人生の節目がまたやってくる..。周りを見渡せば、やれ糖尿だの、脳溢血でリハビリ中だの.. あの頃の猛者たちの情けないこと。 そういう自分でさえ、娘の歳にも満たないタレントさん達との会話が苦痛になってきた今日この頃、生誕半世紀のパーティーは、地元のバツイチクラブ(*注2)がいいところか..。 まあ、成人式はともかく、三十代、四十代、ましてや五十代になる時なんて、めでたい事など何一つあるわけがなく、若さを失っていく自分の老後を想像して嘆くばかり。でもサラリーマンでいえば、現役の最終ステージ。世界制覇の大きな目標に向かい邁進する所存である。 そんな人生の節目に、バンドを再結成した。某県立高校体育館、ン百人のオーディエンスを震撼させた、(*注3)スーパートリオの復活だ。ゾクゾクするぜ!? そこで何を演ろうかと、いろいろ話し合った結果、歳にふさわしく、ブルースをやろうということになった。なんてったってロックンロールの母(*注4)である。昔のように指は動かないけど、顔のシワと、白髪の数を、フレーズに込めてやれば、まだまだいける。ジョニーラングや藤圭子(*注5)は別として、ブルースは、やっぱり、歳をくった方がいい。人生に燻され枯れた味がするのがいい。ぎこちない指先に心を込めた方がいい。 二十数年ぶりで、スタジオに集まった3人は、みんなそれぞれ立派なじじいになっていた。会社ではそこそこの地位につき、息子達は社会へ巣立ち、かわいい娘は適齢期。孫がいても不思議じゃない。女への興味は相変わらずながら奥さんとのSEXは、とうに途絶え、愛人を囲う程の甲斐性は無し。そんなじいさん3人集まって、どんな音がでてくるやら...? 現役時代ならば夢のような機材に囲まれ、とりあえず昔のレパートリーから始まった。数年前、胃の半分以上を摘出しながらも、懲りずに上福岡を飲み歩く、ドラムのジンジャーは、往年にも増したパワーでリズムを刻みながらも、その左手からは、スティックが数回すっぽ抜け、髪に黒いものが全く見られなくなってしまった、元アイドルのジャックは、ベースアンプのオペレーションがよく分からず、音を出すのに一苦労。 今のところ、息子は健在のエリックはといえば、ACブースターが生み出す、心地よいサスティンを楽しむばかりで、音数が出て来ない。でも皆、いい顔してる。眼が輝いている。何より、あの頃のように肩肘張っていないのがいい。最初はどうなることやらと思っていたが、途切れ途切れでやっていた、あの頃の名曲も、意外と早くまとまり、まずは、2曲、レパートリーが出来た。 満足した我々は、会計と来月のスタジオの予約を済ませ、本日のメインである、反省会を行うべく、夜の街へと繰り出した。 翌朝、目が覚めると腰が痛い。ストラップを通じて加わる、 BURNYレスポールの重さは、サドルをチタンにしたくらいでは、軽量化出来なかったようだ。次回は、ストラトにしようと思った。 2004/07/04 注1) レストラン&パブ..ではない。ランジェリーパブのこと。いわゆるキャバクラの一種で、女の子が下着でサービスする店である。ふんどしクラブと呼ばれたそのクラブでは、下がヒモパンであった。 注2) 私の地元にある、一応会員制のクラブ。パープルという立派な名前があるのであるが、ホステスは全て子持ちか、離婚経験者か、その両方なので、みんながそう呼んでいる。 注3) 今沢カゲロウ氏のプロファイル紹介の一節より言い回し方を盗用。ゴメン 注4) The Blues Had A Baby And They Named It Rock And Roll - - - MUDDY WATERS 注5) 宇多田ヒカルのお母さん。17才でデビューした天才演歌歌手。2nd アルバムは、”女のブルース” |
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| ■Vol.023 鐘の真鍮 | ||||||
序章 ”イギリスにBIG BENっていう鐘があるでしょ。その素材ですよ...。” --- 某リペアショップの若者 ”トランペットとかトロンポーンの出口の部分を朝顔とかベルと呼ぶんですね。それと同じ素材でしょ...。きっと..。” --- 某ギターメーカーの部長さん ”現在、巷で出回っている物の多くは、削り出しではありません。当社の製品は、ン年代、Gibson ABR-1に採用されていたものと同様、削り出しによって製作されております。” --- 昔見た、ギターマガジンの広告より ”聞いたこと無いねぇ..。そりゃ7-3かい?..それとも6-4かい..?” --- 弊社によく来る真鍮問屋さん もうかれこれ7年ほど前になる。こんな小さな素材にこだわっているのは俺しかいないだろう等と思いながら、 私は、新たに参入しようとしている楽器業界やギターのパーツについての専門誌を読みあさっていたのである。すると その中に、ちょうど自分が作ったブリッジサドルと同じ種類のサドルについての記事があるではないか。この種類のブリッジを、Tune-O-Maticスタイルと呼ぶんだと、私はこの時知るのであるが、 興味深く読んでいくうちに、気になる素材にぶつかった。昔のギブソンのブリッジパーツには、”ベルブラス”なるものが使われていたという。現在でも、それを再現したリプレイスメントパーツが販売されていて、音にうるさいプレイヤーは、それに替えているそうだ。 サスティンがあってウォームなトーンが特徴らしい。早くも強敵あらわる..(現れたのはこっちか..?) ブラスねぇ..真鍮か。でも、ベルって何だい?そんなの真鍮の種類にあったっけ? ...ということで今回のコラムは K.T.Sにとって目の上のたんこぶ、ベルブラスと銅合金についてである。 ”祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり...。” --- 平家物語 第一章 ミルシートよこせ 正直言って、鉄や銅合金の類は専門外である。めったに加工したことがない。これらは比較的、塑性加工のし易い材料であり、競争相手も多い。 単価もとれず、儲からない。量もこなさねばやっていけないので、夜遅くまで機械をまわし、週末の休みも返上という事にもなりかねない。だから私は、 引き合いがあっても断ってしまう。従って、これらの金属に関する知識はあまりないのだが、主な銅合金の種類だけここに並べることにする。それ以上詳しくお知りになりたい方は、WEB を、ちょっと旅していただければ、 為になるサイトがたくさんあるので、銅合金とはなにか、どんな種類があって、どんな特性があるのか調べることは容易であろう。 黄銅・・・銅(Cu)と亜鉛(Zn)の合金。ふつう我々金属屋では真鍮(しんちゅう)というのだか、どういうわけか、この楽器業界はブラスと英語で言う。音が良さそうに聞こえるからか?逆に我々は、銅(Cu)の事を、カッパーと言ったり、硫黄(S)の事を、サルファーなんて言っているのだが..。 洋白・・・言わずと知れた、フレットの材料。銅(Cu)、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)の合金。英語名は、Nickel Silver という違法な名前。(銀は含まれていない。) 青銅・・・銅(Cu)と錫(Sn)の合金。英語名はブロンズ。青くないのに青銅とは、これいかに..? 緑青の色かも。 丹銅・・・黄銅の一種なのだが、銅(Cu)の割合が多く、赤色を帯びている。欧名Red Brass。初期のFenderの金属パーツに使用されていたということで、 それらしきパーツを入手、弊社が分析、原子割合まで出してやったら、ただの真鍮だったという笑い話があった。 我々が製品を加工して納品するとき、ミルシート、すなわちその素材の化学成分や機械的性質等の記載された、検査証明書の添付を要求されることがある。特に医療関係においては、これなしでは納品を受け付けてもらえない。これにひきかえ、楽器業界は、ここらへんが実に曖昧である。 高純度のチタンで作られたサドルですとか、ベルブラスの削りだしですとか、UNS1018Cold rolled steelのトレモロブロックですとか、無酸素銅のシールドですとか、はっきりうたって販売している割には、ミルシートなんて、お目にかかったことなど無いし、要求されることもない。 まあそれが、かえってユーザーの心をくすぐり、何だか分からないけど、いい音しそうだねというところで良いのだろうが...。しかし我々金属を生業としている者としてみれば、金属事典にも載っていないベルブラスなるものが、どのような成分配合の金属なのか、どうして削りだしでなくてはならないのか..つい調べたくなってしまうのである。名前の通り、綺麗な音のする鈴の素材なのか、 それとも、お寺の鐘なのか、はたまた朝顔の素材なのか..? 第二章 DASH村にて 我々は、有名なベースブリッジのリプレイスメントとして販売されているブラスサドルをTPとして選んだ。その大きさが分析に適していると考えたからだ。そのパッケージには、はっきりとベルブラス(BELL BRASS)からの精密削りだし(PRECISION MACHINING)と英語でうたってある。 成分分析といっても、弊社のような零細企業に、ATOMIC% まで算出できる、数千万円もする設備があろうはずもなく、永年お世話になっている、取引先の研究室に依頼する事になった。 東北南部、某県にありDASH村にも程近いその会社は、主に歯列矯正装置を製造しており、ステンレス素材を納入する弊社にとっては、かなり上得意の部類に入る。 お口の中に入る器具を作るという業種ゆえ、品質管理にはめっぽううるさい。ISOなど、とっくのとうに取得し、私は、彼らの要求する、そんなのどうでもいいじゃないかと思える書類の作成に、しばしば閉口する。 しかしながら、毎月安定した受注があり、売上額が百万を超える月があるにもかかわらず、支払いは翌月現金払い、振込手数料も引かれたことがない。弊社も最近見習って、外注先には振込手数料こちら持ちでお支払いしている。 中学校の理科室ほどもある研究室には、電子顕微鏡をはじめとする、ありとあらゆる化学的、物理的分析装置、計測装置が整然と並んでいる。我々の持ち込んだ金属片は5つに分塊され、ここの社長さんが言うには、1本かかった (一千万円ではない) という成分分析機にかけられ、それぞれの平均値が算出され、正体があばかれることになる。 結果はあっけないほどすぐに出てしまった。それは、私にとっては、ある程度予測していた結果であり、ベルブラスという物質に神秘性を抱いていたマニアの方々にとっては、落胆する結果であったかもしれない。 "Cu 61.87%, Zn 35.825%, Pb 1.842%, Fe 0.285%, Sn 0.235%" これらの元素配合割合から推察するに、このベルブラスとうたわれている金属片は、快削黄銅、JIS 記号 C3713 と、ほぼ断定できる。 期待された、錫(Sn) は、微量しか含まれていない..。この時点で、ビッグベンは脱落か..。、朝顔を作っている会社 (TOTO ではない) に勤めている友人の話では、ベル(朝顔)の素材は、30% 亜鉛、残りが銅の、7-3黄銅が一般的だという。ということは、ラッパの素材でもないと..。気になったのは、切削性を向上させるためであろうか、鉛(Pb) が 1.8%も入っている。医療器メーカーの、この研究室で、これだけ高い濃度を検出したのは初めてだろうな、と思った。 第三章 最中と羊羹 ということで、我々がテストピースとして選んだベルブラスとうたって販売されているサドルの材質に限っては、快削黄銅、JIS記号C3713に、ほぼ間違いないということが分かった。限ってといったのは、例えば、某ドラムメーカーは、 そのシェルとフープに、錫と銅の合金、ベルブラスを使用しているという。あの有名な会社がウソをつくはずないから、それには、ビッグベンの素材に似たような、合金が使われているのだろう。そして、本来なら、錫と銅の合金なんだから、ベルブロンズ (Bell-Bronze) とでも呼ぶべきなのだが、ベルブラスなのである。 それでいいんだと思う。だってベルブラスのミルシートなんてものは無いのだから。でもここでは、サドルの材質としてベルブラスとうたわれてきた物質は、快削黄銅、JIS記号C3713に非常に近い成分割合の銅合金であったということにしよう。そして以下は、何故ベルブラスが、これほどまでに崇め奉られてきたのか、また何故それは削りだしによって成型されなければならなかったのかについての、私から見た全くの推論である。 遠い昔、伸線や圧延の塑性加工技術が発達していない頃、ギブソンは、とりあえず、快削性の6-4黄銅をサドルの材料として選んだのだろう。職人さんは、ご苦労なことに、手間暇かけて各面を削りだしていく。この小さなパーツにさえ心を込めるのがギター職人の努めと思っていたのか、それとも、伸線や圧延によって作られる異型線を使えば、工程が短縮できるのに、それにかかる型代をけちっていたのか。 どちらにせよ、ここに、"Vintage ABR-1 ベルブラス削り出し"の伝説が生まれる。 やがて時は流れ、ギブソン社は、その地位をすっかり確立し、このチューンオーマチックというスタイルのブリッジは、多くのギブソンスタイルギターに採用されるようになる。当然コスト削減、量産対応のため、彼等は日本を始めとした、アジア諸国の金属パーツ工場に、その製作を委ねることになる。そこでは、サドルの各面を削りだしで成型するような馬鹿げたことは絶対しなかった。 サドル側面から見た形状の断面を持つ、金太郎飴金属棒、すなわち異型線を使用することにしたのだろう。これにより、チューンオーマチックサドルの持つ10面のうち、4面の切削加工を省くことが出来る。特にサドル上部、ストリングスが乗る部分の微妙なR面取りについて、ひとつひとつ気を使う必要もない。高精度、低価格ベルブラスサドルの誕生だ。 ところが、ここにとんでもない落とし穴があった。この異型線に使われたであろう真鍮は、我々がベルブラスと暫定的に認定した快削黄銅、JIS記号C3713に非常に近い成分割合の銅合金では決してなかったであろうということ。何故なら快削黄銅のような粘りのない素材を塑性加工に、わざわざ用いるなんてことは我々金属屋は絶対しないからだ。たとえこれが、ベルブラスであったにせよ、もう一つ、もっと大きな問題がある。 サドルが最中(モナカと読んでちょうだい。)になってしまうのである。つまり素材の異型線を製作する場合、ツールとの接触面である外側と内部では、結晶組織に違いが出来てしまう。外側は加工硬化により硬くなるのだが、内側は、比較的柔らかい。ヘルブラス削りだしサドルの組織が羊羹だとすると、こっちは最中なのである。このようにサドル内部で結晶組織や硬度にばらつきがあると、サウンドに良くない影響を及ぼすことは、 我々の研究で実証済みである。(プレスサドルの不思議 参照。) KTSのチューンオーマチックサドルに使用するチタン異型線は、最終的に熱処理し、結晶組織を羊羹の状態にしている。一方、削りだしではない、ベルブラス(あるいはブラス)が、そこまで手の掛かることをしているかは疑問である。私は、何が何でもヴィンテージ崇拝といった、この業界に疑問を持っているのだが、 こう考えると、古き良き時代のサドルの材質及び製法を崇め奉るというのは、それなりのサウンドの違いを生み出す根拠があるということになる。 終章 以上、文頭に掲げた、ベルブラスとはいったい何なのか? 何故削り出しでなければならないのか? どのような成分配合なのか? というテーマで、正体をあばいてやろう等と意気込んではみたものの、はっきりと証明できたのは、ベルブラスと表示されているサドルの成分割合くらい。あとは、全くこちらの推測になってしまった。世の中には、ギターの歴史やパーツに詳しく、ベルブラスに関して、 もっと詳細に説明できる方々も多いに違いない。もし間違った言い回しや推測があったならば、一笑に付していただきたい。しかしながら、今回のコラムは、圧延や伸線といった、フレットワイヤーや、サドルの製法に多少なりともお役に立っている技術を持つ小社からみた、ベルブラスの謎解きとでも解釈していただければ幸いである。 2005/03/03 成分分析協力 : 福島県双葉郡 トミー株式会社 参考文献 : 金属を知る事典 (株式会社 アグネ)、金属科学入門 J.W. Martin 参考サイト : 金物教室 アトムリビンテック株式会社 ボーナストラック フジヤマメタル、ゲイシャアロイ さて、このコラムをどうまとめようかと、思案していた、2004年も終わりに近づいたクリスマスの夜のこと。寂しかった私は、世界的に有名なギターメーカーである、F社のS部長を飲みに誘った。私はともかく、家に帰れば、まだサンタクロースの役目をしなければならないと思われる、一回り若い部長を、こんな日に、地元の田舎町に出向かせてしまったことには、ちょっぴり後ろめたい気持ちがあった。 でもきっと今宵は、赤い衣装に編みタイツをはいた、かわいいサンタがたくさんいるであろうお店へ2次会に連れていくことで、お許しいただこうと思った。 最近は、私の地元にも都内顔負けの、こじゃれた店が多くなり、旨い肴で、美味い酒や焼酎を飲ませてくれる。程良くピッチも上がり会話も弾む。マーケティングの話、業界の動向、間近に迫った NAMM Show、プライベートで家族や趣味のこと...。 そんな中で、ギターに使われる金属素材についての会話になった。やれベルブラスだの、レッドブラスだの、こだわりのパーツと言ったって、調べてみれば所詮、現状である規格の素材を使っているだけ。もちろん、うちのチタンだって然り..。その用途の為に、冶金技術まで駆して新素材の開発をするなんてことは無かったのである。 そろそろ、ギターの世界だって、その用途に一番適した新しい素材が、開発されたっていいのではないか..?..というような内容である。 確かにそうなのである。現に弊社が係わる眼鏡フレーム業界では、その軽さ、耐食性、弾性を求め、新しい素材が次々と産まれている。もちろんその成分配合について、パテントが絡み壮絶な開発競争となる。ご自分の眼鏡を数種類持つ、おしゃれな方ならご存じかも知れないが、最近眼鏡屋さんの広告に、”ゴムメタル”という素材が、よく登場している。名前の通り、ゴムのような超弾性を持つチタン合金である。 元々は、トヨタがサスペンション関連のスプリング用素材に開発しようとした物なのだが、眼鏡業界も開発に絡んでいて、実用化は、こちらが先になってしまったのである。その用途に合った素材を、原子割合の世界から創り上げる。何と素晴らしいことではないか? そこで楽器業界、例えばフレット。ニッケルシルバーもステンレスも悪くはない。でも肌が直接触れる部分に、ニッケルの含まれる金属は良くない。既にヨーロッパでは、装飾品等において、規制が始まっている。ニッケルアレルギーというやつだ。だったら、ニッケルフリーで、見た目も劣らず、錆びにくく、美しいトーンとロングサスティンを提供し、減りにくくて、打ち込み易い。値段も安い...。そんな、今までになかった合金を作ってやればいい。 そして我々は日本で産まれたその素材を、フジヤマメタルとかゲイシャアロイとか名付けようではないか。 2005/03/04 |
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| ■Vol.024 An die Freude | ||||||
自慢ではないが..いやちょっとは自慢だが、私はベートーベン作曲、交響曲第九番、”合唱付き”第四楽章、”歓喜の調べ”をドイツ語でフルコーラス唱える。 ♪♪フロイデ〜シェ〜ネルゲッテルフンケントホテルアオスエリ〜ジェム〜♪♪と始まるその歌を、私は小学校6年生の時覚えた。標題は、アンディフロイデと読む。 そう、みんなが知ってる”歓びの歌”である。1964年、東京オリンピック、東西冷戦まっただ中に統一ドイツとして参加した彼等の国歌でもあった。私にとっては、幼稚園の時に覚えた、ハッピーバースディツーユーという歌の次に、歌うことが出来た2番目の外国語の曲である。 ちなみに3番目は、ローリングストーンズのテルミーだった。 何故、小学生の私がドイツ語の歌を覚えたのかというと、担任の先生が、(これがものすごく怖い先生だったのだが)大のドイツ贔屓だったからである。何故ドイツ贔屓だったのかというと、同盟国だったからだそうだ。何故イタリアじゃないのかと訊いたら、最初に降参しちゃったからだそうだ。今なら父兄や教育委員会から袋叩きされそうな先生だったのである。 黒板に書かれたカタカナドイツ語をノートして、暗記の宿題をクリアした、我々6年2組、少年少女合唱団は、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンの4つのパートに分けられる。変声期の近かった私は確かバリトンだったっけか? そして、練習を重ね、クリスマス学年お楽しみ会みたいなので披露するわけである。 先生のドイツ贔屓は半端ではなく、社会の時間には、ゲルマン民族の歴史を説き、国語の時間に、マイク真木の”バラが咲いた”の歌詞とゲーテの”野バラ”の詩を真剣に比較する。そして、音楽の時間には、シューベルトじゃなくてウェルナーのバージョンだったとおもったが、その”野バラ”をドイツ語で歌わされるのである。もっとも、こっちの方はすぐ忘れてしまったが..。 先生は米国人をアメ公とよび、ソ連人(ロシア人)のことをロスケと呼んでいた。♪支那人か〜わいそ、何故かとゆ〜と..なんて歌を生徒の前で平気で歌っちゃう。このように書くと、極右なのではないかと思われるだろうが、日教組にも、ちゃんと参加していたようだ。 私は今でも、この先生が、どの様な思想を持っていたのかよく分からない。同窓会で、大人になった我々と会って、その頃のことを話してくれれば、もう少し先生のことが理解できたのであろうが、残念ながら、今の私とほぼ同じ歳で亡くなられてしまった。 私は始め、この先生が大嫌いだった。でも、卒業も間近になった頃、私に限らず、クラスのみんなが、この偏屈な先生のことを大好きになっていた。そして不思議なことに、自分も何となくドイツ贔屓になっていたのである。百万馬力のプルートウに負けてしまったが、ドイツの警察ロボット、ゲジヒトは一番かっこよかったし、黒い魔人ボボ・ブラジルより、鉄の爪フリッツ・フォン・エリックが好きだった。 王様ペレより、皇帝ベッケンバウアーに魅力を感じたし、ガブリエラ・サバチーニよりシュティフィー・グラフを応援してた。ヒンギスをやっつけた時には祝杯ものだった。最近では、福井 晴敏 著、終戦のローレライに出てくる、元ナチ SSのフリッツ少佐。これがまたかっこいい...。軽いノリで申し訳ない。でも、暮れになれば”第九”はかかさず耳にするし”運命”だってギターで弾ける、寺内のバージョンだが..。ゲーテの”若きウエルテルの悩み”も、うちの本棚にある。3ページで寝てしまったが..。 そんな、我が心のドイツに、私は単身旅立つ..。目指すはフランクフルト、Musikmesse。目的は 欧州連合制覇。EU 諸国を網羅しドイツに拠を構える、巨大ディストリビューター2社と商談する。アポは無い..。フライトは奇しくも、初めてアメリカへ渡った時と同じ、NH。さて待っているのは、歓びの歌なのか、それともローレライの魔女なのか..。 2005/04/05 |
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| ■Vol.025 Vintage Illusion | ||||||
私は中古が嫌いである。他人が使った物をわざわざ金を出して買おうとは思わない。たまに、ブックオフとかにひやかしには行くが、 やっぱり所有するのは、新しい方がいい。まあCDとか書籍とかはともかく、自分の生活や人生に永く係わってくる物、特に、車や家や楽器なんてものは、 まっさらなところから、自分の癖になじませたり、匂いをつけたり、要するに自分の色に染めていきたい様なところがあって、金もないくせに新しい物を手にいれたくなってしまうのである。 幼少の頃、友達からのおさがり自転車で我慢していて、父にねだり、やっと買ってもらったピカピカの5段変速..。 現役ギタリスト時代、池袋のヤマハで買った、5000 円のTEISCOや、12,000円のBurnsや、友達から借りもらいした、ギブソンのコピーモデルしか使えなかった自分が、社会人になって初めて手にした新品の、YAMAHA SG-1000。 バブル崩壊後間もなく、人生最大の決断をしてローンを組んだマイホーム..。クラッシュしてスクラップになったのもあったが、大事に乗り継いできた新車達、特に2年前、新たに我が家のガレージの住人となった、念願のA4。それら全てに、はじめて自分の物となった時の、何とも言えない感動があったものだ。ちなみに今のワイフは、私が23歳の時、新車で手に入れたものである。もっとも、こちらは本人からの告知を信じればの話だが..。 車にバイクに女にパソコン。畳の香りのマイホーム、一番風呂の後は一番絞りで初鰹...。そう、何でも新しい方がいいに決まってる。 ところがここに中古を、崇め奉る世界がある。何を隠そう、ギターを始めとした楽器業界である。いや、中古なんて言ってはいけない。オールドとかヴィンテージと呼ぶものである。 恥ずかしい話しだが、私はこの業界にはいるまで、そういった楽器の存在を知らなかった。だから、うちのパーツを持って楽器店を営業に回っていた頃、恐ろしい値札が付いて、壁に飾ってある、塗装が剥げて、サドルの錆びついたストラトやレスポールを見て驚いたものだ。 私はヴィンテージの定義について全く詳しくないが、数十年前にビルダーの手で丹精込めて作られたギターというものは、時の流れとともに熟成されると同時に、プレイヤーによって、丹念に弾き込まれ、木材や金属が、その振動になじみ、新品のギターでは、とても出せないような、何とも言えない悠久のサウンドを醸し出すといったところか...? そういえば、最近は愚息の手に渡ってしまった、30 年前に買った、YAMAHA SGも、新しい頃より、いい音がしてるような気がするのは、ヤツが上手いせいでは絶対ないはずだ。 正直言うと、つい最近まで私はこの業界のヴィンテージ志向というものに、すごく反感を感じていた。古い楽器を、大きな古時計みたいに崇拝する気持ちは分からないでもないが、リイシューなんて言葉まで使って、どうしてオールドを再現したりするのだろう? きれいな塗装を、なんでまた剥がしたりするのだろう? それより何より我々金属屋からみると、腐食した金属パーツを堂々と商品化してるなんて事が、とても信じられないのである。 また、何年製のストラトに使われていた某だの、何年以前にブリッジ使われていた某だの、昔使っていた素材がそんなにいいの..? あの、John Suhrでさえ会うたびに言う。「おまえ、今度は鉄で作れ!」 この様なコラムを書くと、多くのヴィンテージを愛する方々から反感を持たれると思う。でも、こんな自分であったから、この商品を世に出せたんだと思うし、今は逆に、本物のヴィンテージというものをリスペクトする気持ちを持っている。それは近年、前々回のコラムでもあるような、ヴィンテージ金属パーツを分析する機会があり、その結果に、なるほどなと思うような所があったり、また最近、PCI USAの方からも、ヴィンテージサドルとリイシューサドルの成分の違いについて分析を依頼されたりし、その大きな違いに感動すら覚えたからである。 こちらの方は、彼等のサイトに近々レポートを提出しようと思っている。 なにはともあれ、それが、ただの錆びやすく加工しやすい材料であったにしろ、多くの偉大なギタリスト達と共に音楽の歴史を創ってきたわけである。そこに良い音の、そして良い素材の定義が出来ても不思議ではない。ウェスのブラスやジミのスチールに、敬意を表そうではないか。 最後に、昔々、両親によって愛を込めて創られた、54 年製の筆者も、中古ではなく、ヴィンテージをめざしたいものだ...。 2005/06/23 |
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| ■Vol.026 Terms of Payment | ||||||
小さい頃、母に頼まれよくお使いに行った。私が育った家から子供の足でも5分くらいの所にその店はあって、駄菓子から、日常品まで一通りは取りそろえてあった様だ。 お駄賃の5円玉でくじを引くのが楽しみだった私は、少し恥ずかしかったけど、たまにはお使いかごなんて持たされて歩いていくのである。 でも母は、私に5円玉以外の現金は持たせず、代わりに、”通い帳”とか書いてある、学校で使う算数のノートのちょうど半分くらいの帳面を持たせた。店のおじさんにそれを渡すと、買った品物と金額を書き込んでくれる。そしてそれは、きっと月末だったのだろう。そのおじさんは、集金袋と算盤を持って定期的にうちにやってきていた。 通常、我々が会社同士の取り引きする中でも、その都度商品と現金とを交換するようなことはまず無い。伝票という紙切れを1ヶ月貯めて集計、一括請求する、いわゆる 掛け売りである。それぞれの会社と、何日締めの何日払いとかいう支払い条件というものの取り決めを行うことになる。要するに、現在世の中で行われている商取り引きの支払い条件Terms of Paymentの多くは”ツケ”なのである。弊社の場合、20日で締めて請求させていただいている。その月末に振り込んでくれる優良得意先もあるが、多くは翌月の15日から30日払い、長いのでは翌々月の20日払いなんてところもある。それでも現金で回収できるのはいい方で、中には、120 日の手形等という、あこぎな条件を突きつけてくる大企業もある。 そして、このような”信用”を基にした代金決済を、様々な企業と行っていると、それぞれの金に対する姿勢が見えてきて、たいへん興味深い。 月なかに、大至急というから無理して納品に伺うも、必ず伝票は締め後にしてくれという老社長。支払いも集金に来るのが当たり前と思っているのか、いつまでたっても振り込んでくれない。 20日に発送して、堂々と締めに入れてしまう外注先..。運送屋に渡した時点で売上計上してしまうのかい?..かと思うと15日に材料を入れてくれたのにもかかわらず、”伝票締め後にしときますね。”と言ってくれる仕入先。 締め関連でもう一つ。締め日近くに納品すると、”今からだとさぁ..うちのお客さんの締めに入んないんだよねー..来勘にしてよ。”という、某、立派な会社の資材部長。 月末払いで、休日が重なったとき..特に年末。必ず休み前に振り込んでくれる企業と、絶対翌月に回す企業。これで私は一度青くなったことがある。弊社の借入返済(零細企業ではあるが、返済額は立派なものである。)は月末に集中している。晦日が休日にあたったときは翌月頭に引き落とされるのではあるが、折しも年末年始である。ふつう一般企業は3が日プラス4日、5日くらいまでは正月休みだ。ところが銀行はそんなに休んでない。 4日からは営業だ。 ということは、客から振り込まれる前に、返済金が引き落とされるのだ、と気が付いたのは、大晦日。なにせ自転車操業の我が社のこと、計算してみるとやっぱり足りない。銀行の休み明け、朝一番で窓口に駆け込んだ、私の預金通帳の残高が寂しさから悲しさに代わったのは言うまでもない。 振込手数料...どんなに金額が大きくても、振込手数料を差し引かずに振り込んでくれる、ベルブラスの分析をしてくれた福島のお客さん。反対に、どんなに金額が小さくても、しっかり振込手数料引 | ||||||